第二回仙台短編文学賞の反省
※この文章が記されていたテキストファイルのタイムスタンプによると、2018/11/24に書かれた内容らしいです。つまり受賞前(というか投稿直後)ですね。他の賞の反省を投稿するにあたって掘り返しただけなので細かい修正等はしていません。
【最終成果物】
1万字弱の短編小説。
未公開であることが応募条件なので、結果が出るまでは公開しません。
また、万が一のリスクも想定し、当記事で本編の具体的な内容に触れることもしません。
【挑戦した理由】
・2018年の抱負が「最低でもひとつ、文芸賞に応募する」だったから。
・一次創作の訓練をしたかったから。
【挑戦する前】
・二次創作しか書いたことがなかった。
(故に、キャラクターをきちんと作ったことがなかった)
・ミステリ以外のジャンルを書いたことがなかった。
・純文学を読んだことがなく、読み方/楽しみ方も知らなかった。
・三人称小説を書いたことがなかった。
・短編に苦手意識を持っていた。
【挑戦した後】
・ひとまず一次創作をやりきった、という自信がついた。
・キャラクター作りの奥深さを感じた。
・純文学/大衆小説の楽しみ方が少しだけわかった。
・短編に対する苦手意識はあまり緩和されていない。
・三人称で書く感覚が少しわかった。
これだけだと反省にならないので、もう少し具体的に書いていきます。
以下は、実際にご指摘を受けた内容の中で特に印象に残ったものです。
原文ママではなく、指摘を自分なりに解釈した内容になっています。
【いただいた指摘一覧】
・三人称一元視点において,「○○は~した」のように名前を出しすぎないほうがよい。やりすぎるとくどい。
・年齢設定に必然性はあるか?
・説明的な描写と心情描写がぶつかっていないか/その段落で何を表現したいのか
・専門的過ぎていないか?/知識がなくても読めるか?
・キャラにエピソードはあるか?/設定はシーンで語る
・キャラが自分になっていないか?(エピソードがないとこうなりがち)
・キャラをかっこよく書き過ぎていないか?(それは好き嫌いの話で済むのか,過剰な自意識の表れなのか)
・この小説はどういう人に読んでもらいたいのか?読んでどうなってほしいのか?
・この小説を忘れがたいものにするために,何ができるか?/景色(イメージ)を読者の心に残せないか
・それぞれのモチーフにきちんと意味はあるか/モチーフとテーマに整合性あるか
・唐突な行動および思考になっていないか?/前振りはきちんとあるか
・キャラ(主人公)の感覚と周囲(他キャラ)の感覚が同じになっていないか/認識の齟齬を表現できているか
・そのキャラクターにとって世界はどう見えているのか?
以下、それぞれの要素について詳しく書きます。
◎「○○は~した」のように名前を出しすぎないほうがよい。
今回初めて三人称一元視点で書いてみたんですが、最初の内は主語を明記しがちでした。
これって誰の動作/心情なのか伝わるかな?という不安が大きくてチキってました。でも、読み手からしたらくどいんですよね。
三人称一元視点って感覚的には一人称に近いので、読者もわりとすんなり理解してくれるのかな、と思えるようにはなりました。
また、必要以上に主語を書きすぎないほうが読みやすくなる、と気づけたのも大きな収穫です。
◎年齢設定に必然性はあるか?
初めは主人公を二十代前半(大学生)、もうひとりの登場人物を二十代半ば(サラリーマン)としていました。
でも、それって「なんとなく」決めただけであって、そうである理由を見出せてなかったんですよね。
年代が近いと思考/感性の差も生まれにくいし、それは物語の柔軟性や振り幅にも悪影響を及ぼすかもしれません。
◎説明的な描写と心情描写がぶつかっていないか/その段落で何を表現したいのか
建物の形状を説明しつつ心情も書けば効率的では?なんて考えていた時期が私にもありました。
結局、読み手からしたらどっちを伝えたいの?となってしまうんですね。言われて初めて気がつきました。
その文章/段落ごとに、何を伝えたいのかを意識するのが、読みやすい文章の条件なのかもしれません。
文意は詰め込まず、切り分けて、丁寧に。
◎専門的過ぎていないか?/知識がなくても読めるか?
読者が知らないかもしれない知識をどこまで入れ込むか、という観点です。
この辺りって難しくて、あればリアリティがぐっと増す一方、やりすぎると読者を置いてけぼりにしちゃいそうで怖い。
加えて、書いた方が伝わる専門知識と書かなくても伝わる専門知識っていう分別もしなきゃいけない気がするんですよね。
知識に裏打ちされた言葉には説得力があるけど、オタクの早口知識自慢なんて誰も興味ないですからね。
この辺りは、バランスの問題なんでしょうか…。
◎キャラにエピソードはあるか?/設定はシーンで語る
小説において、この子はこういう価値観で~なんてそのまま語るのは野暮ですよね。
今となってはですが、エピソードを通して語ったほうが読者とキャラの距離感が近くなる気がしています。
でも、そのキャラらしく、尚且つ説得力のあるエピソードってどう考えればいいんだ…。
◎キャラが自分になっていないか?(エピソードがないとこうなりがち)
二人のメインキャラがいたんですけど、某氏に査読していただいた際、「これ二人とも綾部さんですよね?」言われたのがぶっ刺さりましたね。
キャラと自分を切り離しきれていないというか、完全にキャラ=自分の主張になっちゃってました。
キャラが持つエピソード(過去)を考えていないと、そうなりがちなのかもしれません。
◎キャラをかっこよく書き過ぎていないか?
特に自分の主張を強く宿しているキャラって、つまりは自意識の塊であり、それを美化しちゃっていいの?という話。
そういうキャラが今回の短編にも登場したんですけど、それを「かっこよすぎる」と評してくださった方がいました。
ここでけっこう悩みました。自分は別にかっこよく書こうとはしていなかったからです。
ナルシズムが表れてしまったのか、単なる好みの話なのかの切り分けが難しかったです。
結局、今回は好みの問題に振り分けましたが、果たして本当に良かったのか…。
◎この小説はどういう人に読んでもらいたいのか?読んでどうなってほしいのか?
これは具体的にこういうご指摘をもらったわけではなくて、自分が書く前に念頭に置いたことです。
誰のためのお話なのか。
これがない話はただの自己満足になってしまいがちだと思います。
◎この小説を忘れがたいものにするために,何ができるか?/景色(イメージ)を読者の心に残せないか
◎それぞれのモチーフにきちんと意味はあるか/モチーフとテーマに整合性あるか
◎唐突な行動および思考になっていないか?/前振りはきちんとあるか
◎キャラ(主人公)の感覚と周囲(他キャラ)の感覚が同じになっていないか/認識の齟齬を表現できているか
◎そのキャラクターにとって世界はどう見えているのか?
※ここから投稿時に追記
……どうやら当時の僕は後半で力尽きたようです。南無。今回投稿するにあたって追記しようかとも思いましたが、当時は反省すらままならなかったという事実を残すため、そのまま公開します。
結果的に大賞をいただけたわけですが、当時は受賞するなんてこれっぽっちも思っていませんでした。上記反省文での自己評価からもそれは伝わるかもしれません。何が起こるかわからないもんですね。