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ポケモンでネイピア数eに出会った日

 ゲームで算数や数学に触れるのは現代人ならよくある話で、場合によっては幾何学的なイメージや物理法則のイメージに触れることなんかもあると思う。しかし18歳の春、「ポケットモンスター ムーン」をプレイしていた私は、想像よりも遥かに数学らしい数学の概念に出会ってしまった。いや、正確には「再会」した。今回はその出会いと発見の話。

※この記事は数学の授業などでネイピア数$${e}$$に触れたことのある人向けに書かれています。が、数学が分からなくてもゲームのガチャの見積もりで使える有益な情報を含んでいる(目次参照)ので、数学アレルギーの人はそこだけでも見ていってくれるといいかと思います。数学なんてやりたい人だけやればいいんだよ。


前日譚──電気回路と時定数じていすう──

 本題に入る前に寄り道をしたい。昔、学校の工学実験(クロック回路を作る実験)で「時定数じていすうτタウ」というものを習った。当時私は高専の2年生だったと思う。知らない人に向けて時定数の説明をしよう。例えばこういう回路を作る。

回路図と実際の見た目

スイッチを閉じると回路に電流が流れて、電池(1.5 V)と同じ電圧になるまでコンデンサに電荷(電気)が溜まっていく。簡単に言えば化学変化を使わない、簡易的な充電池だ。時間経過によるコンデンサの電圧変化はこんな感じ。

コンデンサの電圧が、電池の電圧:1.5 Vに近づいていく

コンデンサは電気のプールのようなもので、次のような対応関係にある。

抵抗値$${R}$$: プールに水を運ぶポンプの詰まり具合
コンデンサの$${C}$$(キャパシタンス): プールの広さ
電圧: プールの水の高さ

ポンプが詰まると性能が落ちて水が溜まりにくくなるのはもちろんだが、プールが広くなっても、水位が上がるのはゆっくりになる。だから、プールに水が溜まる時間は「$${R}$$と$${C}$$の掛け算」に比例して長くなる。これを「時定数$${\tau}$$」と呼ぶ。

$${\tau=RC}$$

次の図は、時定数$${\tau}$$が
 緑:$${\tau=1}$$[秒]
 青:$${\tau=2}$$[秒]
 紫:$${\tau=3}$$[秒]
のときの$${y=1-e^{-\frac{t}{\tau}}}$$のグラフ。ちなみにさっきのグラフは$${\tau=0.5}$$。

それぞれt=1, 2, 3の場所でyが約0.632になっている

$${t}$$が$${\tau}$$と同じになる時間で$${y=1-e^{-1}}$$となり、計算すると0.632ぐらい。つまり時定数というのは
このタイプの現象が63.2%完了するのにかかる時間(秒)
であり、現象の速さを表す分かりやすい指標なのだ。

この0.632という数字を覚えておいてもらいたい。

ちなみに「このタイプの現象」というのは、正確に言えば「現在の値と目標の値の差に比例して進む現象」のこと。例えば、放置したお湯が冷めて常温になっていく現象も、概ね上記のグラフをひっくり返したような形になる。非常にありふれた現象というわけだ。下の微分方程式を解けば出てくるので、まだ習ってない人はお楽しみに。

$$
y+A\frac{dy}{dx}=C
$$

色違いのメタモンが捕まえたい

 一年後、私は春休みにポケモンをしていた。ポケモン「サン・ムーン」には「乱入バトル」というシステムがあり、野生ポケモンは決まった確率で仲間を呼んでくる。しかもなんと、仲間を呼ばせまくる(連鎖と呼ぶ)と色違い(色が通常と違う激レアポケモン)を呼んでくる確率が上がり、最大で約1/315まで上がる。
 私はこのシステムを使って色違いメタモンを捕まえようとしていた。それにしても、一体どれくらい連鎖させれば色違いに会えるのだろうか。315は平均値であって、色違いに出会えるまでの平均匹数ではない。私はふと考えた。

「$${\bm{\frac{1}{N}}}$$の確率で色違いが出るとき、$${\bm{N}}$$回以内に(1体以上)色違いが出る確率はいくらだろう?」

($${N}$$回以内に色違いが出る確率$${P}$$) $${=}$$ $${1-}$$ ($${N}$$回連続で色違いが出ない確率)
なので、こう書くことができる。

$$
P=1-\left(1-\frac{1}{N}\right)^N
$$

関数電卓を取り出し、$${N=315}$$として打ち込んでみた。

ん? いやまさか。

偶然だと思った私は$${N=10000}$$を入れてみた。

…………。

間違いない。見覚えのある数字だった。$${N}$$が大きくなると$${1-e^{-1}\simeq 0.632}$$に近づくことは直観的に分かった。私は急いで紙とペンを取り出し、$${\lim\limits_{N \to \infty}\{1-(1-\frac{1}{N})^N\}=1-e^{-1}}$$の証明を始めた。
 さあ数学チャレンジャーのあなたも解いてみよう!
ヒント1:$${e}$$の定義:$${e=\lim\limits_{N \to \infty}(1+\frac{1}{N})^N}$$を使おう。
ヒント2:まず$${\lim\limits_{N \to -\infty}(1+\frac{1}{N})^{N}=e}$$を導こう。

《証明》
まず、

$$
\begin{split}
&\lim\limits_{N \to -\infty}\left(1+\frac{1}{N}\right)^{N}\\
=&\lim\limits_{M \to \infty}\left(1-\frac{1}{M}\right)^{-M}\;(M=-N)\\
=&\lim\limits_{M \to \infty}\left(\frac{M-1}{M}\right)^{-M}\\
=&\lim\limits_{L \to \infty}\left(\frac{L}{L+1}\right)^{-(L+1)}\;(L=M-1)\\
=&\lim\limits_{L \to \infty}\left\{\left(\frac{L}{L+1}\right)^{-1}\right\}^{L+1}\\
=&\lim\limits_{L \to \infty}\left(\frac{L+1}{L}\right)^{L} \lim\limits_{L \to \infty}\left(\frac{L+1}{L}\right)\\
=&\lim\limits_{L \to \infty}\left(1+\frac{1}{L}\right)^{L}\cdot 1\\
=& e.
\end{split}
$$

よって、

$$
\begin{split}
&\lim\limits_{N \to \infty}\left\{1-\left(1-\frac{1}{N}\right)^N\right\}\\
=&1-\lim\limits_{L \to -\infty}\left(1+\frac{1}{L}\right)^{-L}\;(L=-N)\\
=&1-\left\{\lim\limits_{L \to -\infty}\left(1+\frac{1}{L}\right)^L\right\}^{-1}\\
=&1-e^{-1}.
\end{split}
$$

これはtakubonnの人生で最も運命的な出会いをした数学的知識だった。時定数の知識と色違いメタモンのどちらが欠けていても気づかなかっただろう。
 この子に感謝している。

私も 暴れることが 好き。

ガチャへの応用(有益ポイント)

その1: N回までガチャが引けるとき、確率Xのアタリが当てられる確率は(正確に) 1-(1-X/100)^N である。

 上の節でも書いた通り
($${N}$$回以内にアタリが出る確率$${P}$$) $${=}$$ $${1-}$$ ($${N}$$回連続ハズレの確率)
なので、こう書くことができる。ブラウザにこの式を(数値を入れて)入力するのが早い。

例:
Q. 50回までガチャが回せるときに0.5%のアタリが出る確率はいくらか
A. $${1-(1-0.005)^{50}=0.221687…=22.2%}$$

また、$${N}$$がある程度大きいと仮定すると、先ほどの証明から$${P=1-e^{-XN}}$$が導ける。これで計算することもできる。

誤差は気になるレベルではない

その2: 逆に、確率XのガチャをN回引いたら確率Pで当たるような回数:Nを、(かなり正確な近似で)割り出すことができる。

 $${P=1-e^{-XN}}$$から$${N=-\frac{\log_e{(1-P)}}{X}}$$が導ける。
例:
Q. 何回までガチャが回せるなら、0.5%のアタリが出る確率が80%になるか
A. $${N=-\frac{\log_e{(1-0.8)}}{0.005}=}$$322回(正確な計算を行うと約321となる)
※もちろん300回引いて出なかったからといって、あと21回引いたら80%で出るなんてことはないので注意してほしい。21回で引ける確率は普通に9.5%程度しかない。独立した事象の確率は以前の結果に依存しない。

※ブラウザや関数電卓に入力するとき、普通の「log」だと対数の底が10(常用対数)とされてしまう。今回は底を$${e}$$(自然対数)にしたいため、「lnエルエヌ()」と入力する(おそらくラテン語の「logarithmus naturalis」の略だと言われているが、いずれにせよNatural logarithm(自然対数)という意味であることは間違いないだろう)。

その3: N回までガチャが引けるとき、確率1/Nのアタリが当てられる確率は63%ちょいである。

 これは覚えやすいのでとても便利だ。いろんな$${N}$$で見てみよう。
$${N=2\;(50\%)\;\;\;\to\;\;\;75\%}$$
$${N=5\;(20\%)\;\;\;\to\;\;\;67.2\%}$$
$${N=10\;(10\%)\;\;\;\to\;\;\;65.1\%}$$
$${N=20\;(5\%)\;\;\;\to\;\;\;64.1\%}$$
$${N=33\;(3\%)\;\;\;\to\;\;\;63.8\%}$$
$${N=50\;(2\%)\;\;\;\to\;\;\;63.6\%}$$
$${N=100\;(1\%)\;\;\;\to\;\;\;63.4\%}$$
$${N=200\;(0.5\%)\;\;\;\to\;\;\;63.3\%}$$

$${N=10}$$ぐらいからは日常生活で支障がない程度の誤差といえるだろう。
ちなみに
0.7N回で約50%
1.2N回で約70%
1.6N回で約80%
2.3N回で約90%。
例えば1%のガチャだと、約半分の人は70連以内に当たるわけだ(※)。

ガチャを引くかどうか、天井させるかどうかなどの判断に活用してもらえたら幸いだ。


※「1%のガチャが平均して100回に1回当たるのに、半分の人が当たるのは70回以内って矛盾してない?」と狐につままれたように感じる鋭い読者のために、次節をおまけとして書くことにした。

おまけ──半分の人が当たる回数と1回当たるのにかかる平均回数の違い

 いま、簡単に考えるために確率をコイントス(表の確率$${p=\frac{1}{2}}$$、裏の確率$${q=\frac{1}{2}}$$)として、表が出るまでコインを投げる状況を考えよう。
 半分の人が当たる回数は簡単だ。1回投げたら50%で表が出るので、半分の人は1回投げて終了する。式で書くとこうなる。

$$
N=1\;のとき、\\
\sum_{X=1}^{N}(q^{X-1}p)\\
=1\cdot\frac{1}{2}\\
=\frac{1}{2}
$$

半分の人が当たる回数 = 1

 次に、1回当たるのにかかる平均回数について考えよう。$${X}$$回目で初めて表が出る確率はこのようになっている。

p:表が出る確率、q:裏が出る確率

投げる回数の平均は、表の確率が$${\frac{1}{2}}$$だから$${2}$$回になることが予想される。実際、平均回数$${E(X)}$$は次のような式で書くことができ、等差等比級数の公式$${\sum_{k=1}^{\infty}kr^{k-1}=\frac{1}{(1-r)^{2}}}$$から、$${2}$$(回)が求められる。

$$
\begin{split}
E(X)=&\sum_{X=1}^{\infty}(q^{X-1}p)X=\frac{1}{2}\cdot 1+\frac{1}{4}\cdot 2+\frac{1}{8}\cdot 3+\cdots \\
=& p\sum_{X=1}^{\infty}q^{X-1}X \\
=& \frac{1}{2}\cdot\frac{1}{\left(1-\frac{1}{2}\right)^2}\\
=& 2
\end{split}
$$

1回当たるのにかかる平均回数 = 2

 では何が違うのか。式を見比べると
半分の人が当たる回数:$${\sum(q^{X-1}p)}$$
1回当たるのにかかる平均回数:$${\sum(q^{X-1}p)X}$$
となっていて、前者は単純な確率の和で、後者は(確率×回数)の和だ。後者の式は重心を表す式と実質的に同じだ。「$${X}$$が取りうる各点$${(1, 2,\cdots)}$$に、そこが選ばれる確率をかけることで、$${X}$$を重みづけした上で、重心をとった」と考えると理解しやすいだろうか。

下の図は重心でシーソーが釣り合っている様子を表している
矢印の長さを適当に書きすぎちゃったね……

 確率は想像しづらく、頭の中がごちゃごちゃになりやすい。いま自分が考えている量はどういうものなのか、その次元はどうなっているのか、確かめながら考えたいものだ。

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