僕の夢十夜 第一夜 お母さんが心配なんだよ
こんな夢を見た。
部屋の窓から青空が見える。今日はとても良い天気だ。特に何か予定が入っているとか、バイトのシフトが入っているとかいうこともないので、僕はベッドの上でゴロゴロしながらスマホでネットニュースをぼーっと眺める。内容を頭に入れてる訳じゃない。そうすることで無益に見える時間を有意義なものっぽく偽造しているだけだ。
しばらくそうして時間を偽造していると、廊下の方から物音がした。どうやら母親が帰ってきたようだ。そういえば買い物に行くとか言ってたっけ。僕は母が買ってきたものを運ぶ手伝いをしようという、珍しく親孝行なことを考えながら廊下に出る。確かに母は帰ってきていた。卵のパックが入ったエコバックなんかを手にして、玄関の三和土から上がろうとしている。「おかえり」と言って僕はもう片方の母の手にあるビニール袋を受け取った。なんとなくその中身を見る。途端に僕は目を疑った。
ビニール袋の中には、大量の紅麹が入っていた。
僕はふと、今朝テレビで流れていたとあるニュースを思い出す。そこには「紅麹 自主回収」なるような文字が並んでいたのだ。僕は母に「これは駄目だよ、今問題になってるやつだよ」と説得して返品してこようとした。だが母は紅麹の入ったビニール袋を引っ張ってそれを拒絶する。なぜか母は僕の話を聞こうとしないのだ。こんなことは今までないことだ。なぜ急に、紅麹など買ってきたのだろう…… 僕は困惑してしまい、思わず母と引っ張りあっていたビニール袋から手を離してしまった。
すると母親がビニール袋から紅麹を取り出して、大量に口の中に入れ始めたのである。
一瞬、何が起こったかがわからなかった。そこから母の手から紅麹を取り上げ、「何してんの!」と叫んだ。しかし母は諦めない。僕の手から紅麹を強奪し、まだまだ足りないと言わんばかりにテニそれを出す。今朝もニュースでその深刻な被害が流れ、こんなにも危ないから止めているのに、なぜそんなにも強情に飲もうとするのかを僕は責めるが、母は僕の言葉など通じないかのように手に出した紅麹をポンポンと口に入れていく。僕は呆然とするしかなかった。母に僕のこえは届かなくなったのか。何が起きたのかなど考える余裕さえなかった。
紅麹を口に運ぶのをやめない母の傍らで、僕は崩れ落ちることしかできなかった……
と、ここで目を覚ました。
目が覚めた瞬間、ああ夢だったんだなと安心する気持ちと同時に、この夢はなんだ?という疑問が胸を満たしたことを覚えている。その当時、小林製薬製造の紅麹サプリを飲用した人が体調を崩し、中には死者も出たというニュースが連日流れていた。夢を見るメカニズムについて、眠っている間に脳が記憶を整理することから起こるという説があると聞いたことがあるが、それにしても自分の母親が紅麹をポンポンと飲んでいく夢というのは、「昼の世界」の理屈から見ればあまりにも不可解かつ不条理で、しばらく僕の頭の中を離れなかった。
実際に健康被害を出した事件、死者も出た深刻な事件を、いくら夢の中での話とはいえ、このような形で話に出すことに抵抗感を覚える人もいるかもしれない。それでもこの夢の話をここでしたのは、この夢を母に話した時の反応が、どうしても引っかかったからだ。この不条理極まる夢を母に話したところ、母は笑ってそんなことはあり得ない、だいたいサプリメントなんてほとんど飲んだことがないんだからと、笑い話に付した。
でも僕はどうも、笑い話として片付けることができなかった。確かに母はサプリメントを利用したことがない。でもそんな母はその時、あまりよく眠れないといってキューピーコアゴールドを飲んでいたのだ。珍しく母が、サプリメントに頼っていた時期だったのである。
普段あまりそういうものを飲まない母が、それを飲まないと眠れないという、母のそんな健康状態は大いに心配だったのだ。思い返してみるとその時期の母は、自分の仕事がかなり立て込んでいて、忙殺されていたようだった。かなり無理をしているという印象があった。精神的にも追い詰められていたんだと思う。
それなのに大学院生で、いまだに経済的に自立できているとはいえない僕は、母親の助けになることを何もできずにいるのではないか。毎日院生室や大学の図書館などに行って資料を集めたり、論文の締切に追われてノートパソコンをカタカタしながら、アルバイトと奨学金でなんとか自分の学費を払っているような状態の自分こそ、母親の睡眠不足の原因になっているような気がしていた。母は僕の大学院での活動を応援してくれている(と、いうより、僕が普通に社会人になっても、あんまり使い物にならないんじゃないかと思っているようである)けれど、それでも自分が穀潰しなんじゃないかという不安は、大学院に行って以来ずっと付き纏っていたものだった。思い返すと、この時はその不安がピークに達していたんだろう。
今思えば僕がその日見た夢は、そういった穀潰しとしての自覚から来る自責の念と、紅麹による健康被害のニュースの記憶が混ざり合って、僕の頭の中で出来上がったものなのではないかと感じるのである。そう考えると夢は、自分が考えていることやその時の自分の状況を反映しているようにも見えるのだ。あくまで僕の勝手な考えだけど。
この文章を書きながら、母に今はキューピーコアゴールドを飲んでいるのかを尋ねてみたところ、今は飲まなくても眠れるようになったとのことだった。少しホッとしながら、僕は少しでも自立できるように、いつもより多めに入れるように調整して翌月分のシフト表を作成し、バイト先に送ることにした。
※不定期で、「僕の夢十夜」と題した拙文をnoteに書いていきたいと思う。夢の中にはよくわからないもの、理不尽なもの、「昼の論理」が通用しないものが多くある。僕は昔から、そういう訳のわからない夢を見ることが多かった。この題がついている記事は、僕が見た摩訶不思議な夢や、その夢から覚めて思ったり考えたりしたよしなしごとを綴っていきたいと思っています。