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かみさまがくれた休日を過ごす島で過ごす人 vol.1
(登場人物)
・主人公・・・僕(役場の職員)
・おかみさん・・・ホテルろんぐばけーしょんのおかみ
・オーナーさん・・・ホテルろんぐばけーしょんのオーナー
・アイ・・・オーナーさんとおかみさんの娘
「今日も暑いなー」と僕はぼやきながら鎌を持って草刈りをする。こんな場所、誰も使うことはないのでは、と思うけれども、それが役場で働く僕の仕事である。
僕はこの島の役場の職員である。ほとんど観光客の来ない島で、人口もとても少なく、小さい小さい島の役場の職員である。
この島のことは大好きだ。でも、ほとんど仕事はない。こういう役場が管理している場所の整備という名の草刈りをしたり、お祭りの準備をしたり、たまにかかってくる電話の対応をしたり・・・。
もっと、観光客を受け入れればいいのに、と思うこともあるが、この島はちょっと特別で、「かみさまがくれた休日を過ごす場所」と言われており、昔からここに住んでいる人々は観光客の受け入れは行わずに、ちょっと休息が必要な人たちを無償で受け入れてきたのである。
昔は、それこそ、団体で訪れることもあったし、島でも盛大に儀式的なことをしていたこともあったが、今ではもう島の人たちも高齢化しているということもあり、島には宿泊施設ももう一軒だけが残っているだけである。
でも、毎年毎年少ないながらも人はやってくるのである。インターネットにもほとんど情報は載ってはいないのに、どこからか聞きつけてやってくるのである。役場に電話がかかってくるケースも多い。
たしかに無料で泊まれる施設であるという怪しさもひとつではあるが、そもそもその宿の電話番号を見つけることもままならないので、まずは役場に電話で聞いてくるという人が多いのである。
その宿の紹介も役場の仕事のひとつとなっている。あとは、住民たちに何か困ったことがあれば、それに対応するということである。集落がひとつしかない小さな島なので、簡単に一軒一軒回ることができる。
そうやって島の人たちと会って話をして何か困ったことはないか、というのを聞いて回るのも役場の仕事である。
僕の仕事の大半はそんなところである。一応、朝は9時から出勤して、昼ごはんは家に帰って食べて、また出勤して17時まではちゃんと働いている。週末は釣りをしたり、ぼーとしたり、のんびりとしている。
こんな島に住んでいたら暇すぎて死んでしまうのではないかと心配される方もいるかもしれないが、たとえ、小さな島でも人が住んでいると事件というか、何かが起こるものなのである。
この島の中には本当に面白い人たちがたくさんいて、暇になれば誰かに会いに行けばたいていもうそこで一日を潰せるほどの時間を過ごせるのである。そんな不思議な島なのだ。
今日は、そのこの島に一つしかないという宿へいく。この宿は無償で人を泊めるというちょっと変わった宿である。これまでに泊まった人たちからの寄付だとか、役場からの補助で運営されているというが、役場の補助があるのはたしかだが、それはほんのわずかな補助なので、どうやって運営されているのかは本当のところは誰にもわからなかった。
「こんにちは」といって、僕は玄関のドアをガラガラと開ける。島の人たちは家に鍵なんてかけてはいない。この宿も例外ではない。
そして、僕も何も言われなくてももう勝手に玄関から居間の方へ上がっていくのだ。
そうすると、「あら、こんにちは」とこの宿のおかみさんが笑顔で迎えてくれる。
詳しい年齢は個人情報なので言うことはできないが、30代くらいのとても笑顔が素敵な女性である。いつもニコニコしていて、この人に会うだけでなんだか幸せになれる。そんな女性である。島の老若男女から人気がある。しかし、すでに結婚しており、旦那さんがここのオーナーである。
いつもおかみさんに会うと、こんな人が自分の嫁に来てくれたら嬉しいなと思うが、島の人たち全員のことを知っている僕は、この島でそんな人を見つけることは不可能であることを一番良く知っているのである。
だから、ここへ来るのは癒しのひとつである。毎日でも来たいくらいだとこっそり思っている。
「麦茶どうぞ」と、ガラスのグラスに入れた冷たい麦茶を持ってきてくれる。
「ありがとうございます」と言って、受け取る。
ここの麦茶はとても美味しい。島の水はすべて湧水なので、そもそも美味しいというのはあるが、でも、おかみさんが入れてくれる麦茶はなぜだか最高に美味しいのだ。
「この前泊まっていった方はどうでしたか?」
「無事、元気になって帰っていったわよ」
「そうですか、それはよかったです」
「まあ、最近は人数も少ないしなかなか帰れないという人は少ないわね」、ふふふとおかみさんは笑う。
この島では1日2便本島と行き来する船が出ているのであるが、それがまた不思議なことで、ちゃんと休みをとらなかった人たちは船が欠航したりして帰れなくなるのである。
この島はかみさまが休日を過ごすために作られた島だとは説明したが、ちゃんと休日を過ごして、体や心を休ませていかないと、ここから出してもらえないという言い伝えがあるのである。
しかも、それはただの言い伝えではなくて、たびたび船が欠航したりだとか、エンジンの調子が悪くなって島に戻ってきたりだとか、そういうことが起きるのである。
今では少人数の人たちしか来ないので、そういうことは少なくなったが、昔は結構な人数がくる時もあったので、よく船が止まることがあったという。僕が役場の職員になってからはもうこの宿しかなかったので、その時のことはよく知らないのであるが。
「役場の仕事はどう?」
「いつも通りですね。平和そのものです」
「そうよかったわ」
「たまには何か面白いことがあってくれるといいのですが」
「どんな?」
「うーん。どんなと言わると出てこないですね」
「大丈夫よ」
「え、何がですか?」
ふふふとおかみさんは笑って答えない。このおかみさんも不思議な人でたまにというか、よくこういうことを言うのである。たいていはあとからそういうことだったのかというのがわかって、おかみさんすごいな、となるのであるが、その時は全然予測がつかないのである。
ガラガラと玄関の開く音がして「ただいま」という少女の声が聞こえる。
そして、バタバタとあわてた足音が聞こえて、すぐに居間に入ってくる。
「どうしたの?」とおかみさんが尋ねると、
「サメ!!」、「こんなに大きなサメ!!」と、その少女は目一杯手を広げて大きさを示そうとする。
「あら、サメがきたのね」とおかみさんはふふふと笑う。
「え、サメ?」と僕は驚く。
「いつものところ?」
「そう。いつものところ」
「じゃあ、ちょっと見てこないと」と言って、僕は立ち上がる。
サメが来てしまったら、それを確認して、島の放送で流さなければならない。なかなかこの島で泳ぐ人は少ないし、漁をしている人も少ないが一応伝えなければならないのである。これも役場の仕事である。
「私も行く」と言って、帰ってきた格好のままで、その少女は僕の後についてくる。
その少女はアイという名前で、おかみさんの娘さんである。もう一人お兄ちゃんがいてアオという子がいる。どちらも小学生である。
「サメも久しぶりだね」
「うん。元気そうだった」
「いいのか、悪いのか」
「でも、別に悪さをしに来たわけではない、と言ってたよ」
「そっか、そっか、それならいいんだけど」
このアイという女の子も変わった子で、自分では動物たちと話ができる言っている。でも、たしかにこの子が泳ぐと魚が寄ってきたり、時にはイルカが寄ってきたりするから不思議である。
砂浜につく。この島には海水浴場というものがないので、整備されているわけではないのであるが、このビーチは白い砂が綺麗に一面に広がっていて、この島で一番美しいと言われているビーチである。
「まだいるかな?」
「ちょっと探してみる」とアイは言って、海の方を眺めている。
そして、右手の親指と人差し指で輪をつくって、それを口に加えてピーと口笛を鳴らす。
そうすると、遠くでジャボンという音が聞こえる。
「イルカさんも普通通りいるみたいだから、もういないんじゃないかな」
「そっか、そっか、それはよかった」
そう言って、僕ももう一度海を確認してから、役場に戻る。そして、役場の無線を使って、アナウンスをする。
「えー、役場からの連絡です。本日、サメの目撃情報がありました。海へいかれる方、漁をされている方はお気をつけください。今はビーチの近くにはいないようですが、もし目撃したなどあれば役場までお知らせください」
「ピンポンパンポン」と言って、アナウンスが終わりを告げる。
島では、今でも無線を使っており、各家庭や港、そして、島中にアナウンスができるようになっているのだ。
アナウンスを終えると、おかみさんとの話も途中になっていたことを思い出して、もう一度宿の方へ行く。ちなみに宿の名前は「ホテルろんぐばけーしょん」。ホテルと書いてあるもののどう見ても民宿である。二階建ての一軒家で、おかみさん一家もその建物で暮らしている。
宿の方へ向かっていると、そこにはなんだか人が集まってきているのがわかる。さっきビーチまで一緒に行った、アイという子を取り囲んでおじいさん、おばあさんたちがアウトドア用の簡易椅子に座って話をしている。
「おう」とオーナーさんが僕を見つけて声をかける。この30代くらいの男性がこの宿のオーナーさんである。
「こんにちは。やっぱりもう賑わってますね」
「そりゃあ、サメが出たからな」と笑う。
この地方には「ゆんたく」という言葉があり、みんなが自分でお酒を持ち寄ったり、食事を持ち寄って、そこで飲み明かすという習慣がある。これは本島でも一緒だ。何かに理由をつけて島の人たちは集まり出す。
今回はサメが出たということで、きっとアイが見つけたんだろうと思ってみんなアイに話を聞きにくるという理由をつけて、自分の家からお酒や惣菜を持って集まっている。
本当はただ、集まりたくてやってきているのである。
「ほらほら、おめえさんもこっちに座りなさい」と仕事中にも関わらず僕はその輪の中に入って、アイがさっき話してたサメの話を聞く。
アイはサメとこんな話をしたんだよ、と話、そして、聞いているおじいさん、おばあさんたちはそうかそうかと聞きながら、その話を酒のつまみにして、お酒を飲んでいる。
「おめえも飲め」と言われて、グラスを持たされ、酒を注がれそうになるが、「いや、まだ勤務中ですから」と断ると、「住民の話を聞くことも仕事だろ」と言われて怒られる。それを見ていて周りの人たちは笑い出す。
「ちょっとちょっといじめないでよ」と言って、おかみさんが家の中から麦茶をピッチャーで持ってきて、僕のグラスに注いでくれる。とても気がきく優しい人だ。
「ありがとうございます」と言って、その麦茶を飲む。
でも、結局5時を過ぎると、「もう仕事も終わりだろ」と言われて、お酒を飲むことになる。そして、永遠と朝が明るくなるまでお酒を飲むのだ。
こんなことをやっていると、そう、そんなに暇なわけではない。楽しいことはいっぱいあるのだ。
おかみさんが大丈夫と言っていたものきっとこのことだったのだろうと思う。
大丈夫、楽しい日々が待っているのだと。
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