まだ私は微生物の時間を生きられない【本の感想】
小倉ヒラク氏『日本発酵紀行』(2022.11.25、株式会社KADOKAWA)を読んだ。
私は「ラジオただいま発酵中」というポッドキャストを聴いている。と言っても、最近聴き出したばかりで、いつか最新話に追いつければいいなというくらいのスピードで第一話からゆっくりと追いかけている。今は「醤油」回の中盤あたりを聴いているところで、発酵は文化的にも科学的(化学的)にも非常に奥深いものだと感じている。
初めは自分も興味を持てて勉強になる雑学系のポッドキャストがないかな〜、なんて気持ちで哲学やコンピュータや植物やといった番組を探したり聴いたりしていたが、そこで出会ったわけである。
なぜか聴いているものの中では一番心惹かれる。そう感じるのはもちろんパーソナリティのヒラクさんとイッシーさんの掛け合いがあってこそだが、コウジカビや乳酸菌、酵母などの微生物の働きを、そこで起こっている化学反応にまで注目しながら紹介するという、知的好奇心が満たされる感じがとてもいい。
さて、「ラジオただいま発酵中」を通して「発酵って面白いな」と思い、発酵についての書籍はないものかと探していると、ちょうどヒラクさんのご著書が見つかったというわけだ。
本のタイトルからも分かるとおり、その内容は発酵調味料や発酵食品を求めて日本各地をヒラクさんが巡る旅となっている。
元々発酵は厳しい自然環境の中で生きる日本人が、食材を保存したりどんな部位も余すところなく使い切ったりするための知恵だった。
それが次第に食に困らなくなっても、コミュニティを生み出すものとして、また、自分たちのアイデンティティに結びつくものとして、今に至るまで残ってきた。いや、そこには確かに歴史・文化として発酵を後世に残していこうとする意志が存在していたし、今も存在している。
日本各地の発酵調味料や発酵食品を紹介しつつ、このような気付きが述べられていて、発酵を歴史的・文化的な側面から捉え直すことができた。
あまり本書の内容に触れるのはネタバレになるので、大阪について書かれていた所だけ述べる。
大阪には「守口漬け」(大根の酒粕漬け)と「富田漬け」(瓜の酒粕漬け)という漬物があるが、前者は豊臣公、後者は徳川公に見出されたと、同じような話が伝わっているらしい。いわば伝承のテンプレート。地理的な近さゆえなのか。またはここからケンミン性(府民性?)を見出せるかもしれない。また、大阪の酒が東廻り航路の海運によって江戸に運ばれていたことも書かれていた。これは、西廻り航路(北前船)とも関連付けられていて、保存性の高い発酵食品が長時間の移送に適していたことや、原料を安く仕入れて発酵させて加工して(尾道の酢が例には出ていた)送り出していたことも書かれていた。発酵の歴史や文化について語る上で、西廻り航路や東廻り航路といった海運は切って離せない重要なものだと分かった。
ほんの一部を取り出しただけでも、学ぶべき内容や生活を豊かにする内容が含まれていることが分かる。
そしてこの記事のタイトルに戻るが、いざ私自身のことを考えてみると、あまり発酵に馴染みがないことに気付く。「発酵って面白い!」とか「発酵って奥が深いんだな」とか言うことを知ったのは良いのだけれど、微生物の世界の扉の前には立ってみたものの、どうもその扉を開けられないでいる。
発酵、つまり微生物の働きを体感するには、ヒラクさんも著書の中で言っているけれども、人間の時間ではなく、微生物の時間に合わせて生きなければならない。菌が増えやすいように温度調整もしなければならないし、逆に腐敗の元となる雑菌は防がなければならない。とことん微生物の時間を生きてこそ、発酵を実感・体感できると言うものだろう。
実際、「ラジオただいま発酵中」のお便りコーナーを聴いていても、私のようなビギナーではなく、麹菌を育てたり味噌を作ったりする玄人たちも多いのだ。
私は発酵について知識を得たいと思いながらも、どうもまだ微生物と共に生きようと思えないのだ。焦りがち、じっと待てない。自分の気持ちや自分のことばかりを優先してしまう。目に見えるものや情報ばかりを追い求め、目に見えないものを感じようとすることができない。
まだその時ではないのだろうか?いずれあくせくするのを辞められるのだろうか?今は自分の興味の向くままに、突き進んで行くのが良いのだろうか?知らないことを知りたい!できないことができるようになりたい!このような欲望は大事にすべきことだとも思うのだけれど、決して全てが分かるわけではないし、時間は有限だということも否応なく分かりかけている。
思い切って発酵の世界に飛び込めば、自分のなすべきこと(またはなしうること)を冷静に見つめられるようになるだろうか。今が実はターニングポイントなのだろうか?
引越しの前、香川県にいた頃、転出届を出しに役場に行った時、発酵食品を作る、的なワークショップのチラシが置かれていたことを思い出した。とりあえず、何か大阪で発酵のワークショップが行われていないか探すところから始めてみようかな?