「こどもぴあ」という居場所。
今回も、である調である。
私の所属する「こどもぴあ」について、この記事で全てを書ける自信がない為、思いついたことだけをここに書き記す。
精神障害者家族会を知っているだろうか。
精神障害者家族会 (せいしんしょうがいしゃかぞくかい)とは、 精神障害者 のうち、 統合失調症 や 気分障害 などの患者の 家族 などでつくる相互扶助を目的とした障害者関連団体のことである。引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
まさにその通りである。
私の所属する、精神疾患の親をもつ子どもの会「こどもぴあ」も家族会と呼ばれる団体だ。
精神障害者家族会の歴史は古く、1960年頃には病院家族会が設立されており、今では地域家族会が全国的に展開されている。
家族といっても「障害を抱えた子の親」が中心となって活動してきたこともあり、子どもの立場が参加することは少なかっただろう。
そういった背景もあり、これまで「家族」というと、それは親を指す言葉だったのである。
しかし家族には、親・きょうだい・配偶者・子どもなど、様々な立場の家族がいて、それぞれ異なる困難を抱えている。
既存の家族会でも支え合う感覚や共感は得られるが、それだけではなく、より分かち合うことを求めて「子どもの立場だけが集まれる場」を作ることとなった。
精神疾患の親をもつ子どもの会「こどもぴあ」
私が代表を務めている「こどもぴあ」を紹介したい。
2018年1月21日に正式に会を立ち上げることとなった。
それまでも、子どもの立場だけが集まれる場を開催し続けてくれた先人達がいたからこそ、私もここに参加することが出来た。
基本的な運営メンバーは”子どもの立場”で構成されているものの、我々だけでは会は続けられなかっただろう。
埼玉県立大学の横山恵子先生、大阪大学の蔭山正子先生に支えられ、並走し続けてくれたからこそ、私達が納得のいく会を私達の力で立ち上げることが出来た。
今年で4年目を迎えたこどもぴあは、多くの仲間と出会える場となった。
「つどい」「家族による家族学習会」「体験発表などの普及啓発」を主な活動とし、子どもの立場の仲間と繋がれる場、理解者を増やす為の取り組みを続けている。
数ヶ月に一度開催してきた「集い」では、同じ立場の仲間と出会い、体験を聞いたり言葉にしてみたり、安心して集まれる場を目指している。
子どもの立場は、親の病気のことや家庭内で起きていることを外に話さず来た人も多い。「外で話してはいけないこと」と捉えていたり、「話しても誰も何もしてくれない」と諦めていたり、「なんて言って助けを求めればいいのか分からない」と悩んでいたり。
助けを求められない時間、語れない時間が長ければ長い程、発信するハードルが高くなり、結果的に抱え込むこととなる。
多くの仲間が感じてきたことは「孤立感」である。
私もそうだ。
私の場合は、「私が母を支えればいいんだ」という考えから、誰にも相談もせず発信もせず、頼ることもせずに長い時間を過ごしてきた。
それで困ったこともなければ、助けてもらうにも術がないとも思っていた。
そもそも「誰かに助けてほしい」という考えすら、思い浮かばなかった。
良くも悪くも、その環境に順応していたのだと思う。
というか、それが私の生きる術だったのだと思う。
子どもの立場の集いに参加した当初、私は体験を言葉にすることが出来なかった。正確に言うと、私が体験したエピソードは言葉に出来ても、当時何を感じ、どういう思いだったのかを言語化することが出来なかった。
私が一番分かっているであろう私の感情なのに、難しいのである。
それでも、同じ立場の仲間の語りを聞き、適度に質問もしてもらい、少しずつ少しずつ振り返って言葉を見つけていったことで、自分を知ることが出来たように思う。
「孤立している」と自分で感じる人は少ないだろう。
私は、仲間と出会ったことで「孤立していたんだなぁ」と初めて感じた。
子どもの立場の集いに参加したことで、誰かと繋がる経験や「一人じゃないんだ」と肌で感じることが出来たからこそ、今の私がいるのだと思う。
大切な仲間と出会い、私が私らしく居られる場所が出来たのだ。
全国から子どもの立場が集まり、今までで300名以上(正確に数えてない)の仲間と出会うことが出来た。
「一人じゃないんだ」「仲間がいるんだ」「話してもいいんだ」と感じてくれた参加者も多い。私だけでは想像しきれない程、仲間と出会うことで良いものを持ち帰ってくれているのだと思う。
我々こどもぴあは、仲間と出会う場、自分が自分らしく居られる場として、これからも在り続ける。
無理に参加しなくてもいい。
あなたが必要と感じた時、「こどもぴあ」という場があることを思い出して欲しい。…のである。