ATM 18億円 パート3
少しウトウトしたところで、目が覚めた。
デンジャラスはまだ夢の中のようだ。リュックの状態はそのままだ。念の為、中身を確認する。変わったところはないようだ。
シャワーを浴びたかったが、諦めた。
歯を磨き、笑顔を作ってみる。
この笑顔で何もなかったかのようにデンジャラスに爽やかに陽気に挨拶をしよう。
何事もないような顔をして駅弁を食べるんだ。シミュレーションは完璧だ。
2000万を持ってダニエルのまま恵比寿まで帰る、この使命より大切なものなんて他にはないように思えた。
チャイムの音がデンジャラスを起こした。給仕係が朝食を整え、広報の男が僕よりも先に爽やかな朝を告げた。
軽く挨拶を済ませ、シャワーを浴びたデンジャラスはオレンジジュースとフルーツを少しつまんだだけで切り上げる。
「ダニエル、二日酔いしてない?このまま新幹線乗れる?」
「テキーラは心の薬、すぐしゅっぱーつデキル」ウィンクすると、デンジャラスは手早く用意をした。チラッとリュックに目を向けた時、僕はまた気を引き締めた。
新幹線が新横浜を過ぎた。ゴールはもうすぐだ。結局デンジャラスは敵ではなかったのか。行きも帰りも駅弁を一緒に食べて他愛のない話をして、僕は警戒し過ぎたのだろうか。いや、このくらいがちょうどいいのだ。
この京都旅行で僕は必要以上に神経を尖らせ、警戒心と猜疑心を持ち、自分以外の人間は一切信用しない、このマインドを見立てマインドと名付けた。
いちばんの大きな収穫だった。
恵比寿に戻るとMくんが労いと共に迎え入れてくれた。リュックを手渡すと中身を確認する前に「ダニエル、いい顔になったな。」と微笑んだ。
鼻の奥がツンとした。その場に座り込みたいのをぐっと抑えて「仲間、ウラギラナイ」とウィンクして見せた。
窓の外は暗くなり始め、相変わらず雨はしとしと降っている、窓を伝う雫が京都での僕の冷や汗とこらえた涙のようだった。雫を眺めながら旅の本当の意味をもう一度噛み締めた。