ATM 18億円と2人旅
雨が鬱陶しく感じる6月の終わり頃だった。
会社も好調でいつも通りの光景が広がっている。
ピンポン、チャイムの音がが鳴る。
「ちょーリースMくん!」軽快な声がオフィスの中に響いた。Mくんも「お疲れ様です、デンジャラス先輩」またもや軽快な声で返す。談笑しながら2人は社長室に入っていった。
30分くらい経った頃 僕が呼ばれた。
「おーいちょと来てくれ。ダニエル。」
ダニエルなど社内には居ない。え?おーいダニエルともう一度呼ばれた。
もしかして俺かと思い扉を開けたら、「おっダニエル入ってくれ。」
僕は2秒でダニエルになった。Mくんがデンジャラスに紹介する。
「彼はメキシコのダニエルです、ほらダニエル自己紹介!」
「わたしーは、ダニエル、よろしくね」とカタコトで言った。デンジャラスが何の疑いもなく「うん、よろしくね」と答えた。さらに紹介が続く。Mくんは真面目な顔をして「ダニエルはかなり危険だから…」デンジャラスは俺の顔を凝視してくる。「ワタシ大丈夫。仲間、ウラギリ ユルサナイ。」とっさに言った。デンジャラスくんが「大丈夫、俺も仲間は裏切らないから。」
そしてなんの話かわからないまま、デモテープが机の上に並んでいた。「これを2人で京都まで届けてくれ、現地に着いたらわかる人間がいるから!」Mくんは僕たちにそう指示した。
私もなんのテープかわからないが、2人でそうだ京都にいこうということでデモテープを手に東京駅に向かった。
デンジャラスくんとの京都旅、東京駅で駅弁をデンジャラスくんが買い、僕を完全なメキシコ人ダニエルだと思っている。もしばれたら死ぬんじゃないかという恐怖に襲われながら駅弁を食べていた。
デンジャラスくんはメキシコの事を聞いて来た。「メキシコってさ、コカインとか安いの?」
「コカイン?安い、安い、知り合いいるからタダでもらえる。」とっさに嘘を重ねていた。「やばっ!最高じゃん」あははと笑いながらメキシコ今度行くよーとまるでyouは日本に何しにきたの?みたいに仲良くなっていた。
新幹線に揺られながら2人で駅弁を食べながらほのぼのした雰囲気の中で、コカインの話だ、いや、それより俺がメキシコ人ダニエルなことだ、デンジャラスは本当はは知った上でこの茶番に付き合ってんじゃないか!?
話を合わせながらデンジャラスを注意深く盗み見る。疲れる、僕の猜疑心がそう見せているのか、デンジャラスが役者として一枚も二枚も上手なのか、Mくんのこれがいつもの悪ノリなのか、くらくらしてくる。
ここはしばらく寝て時間稼ぎをするのが最善だ、腹もいっぱいになり現実逃避したい気持ちも手伝って僕は本当に眠ってしまった。
デンジャラスの話し声で目が覚めた、もうすぐ京都に着くらしい。知り合いにデンジャラスが電話をしている。もう先方は着いてる様子、デモテープを確認するとデモテープはきちんと僕たちの手元にあった。
京都の駅前に降り立つとリンカーンのリムジンのお出迎えだ。まさかこれか?先方の運転手が降りてくる、リムジンの中に入るとドラマやバラエティなんかで見た光景のまんまにほーっと感心してしまった、メキシカンのダニエルだってリムジンは初めてだろう、目を見開いたり、少しだけオーバーリアクションすることで僕はなんとか誤魔化した。僕とは対照的にデンジャラスくんはリムジンに慣れているようだ。高級シャンパンを飲み、くつろいでいる。
そもそもこのお出迎えメンバーは誰なんだよ?京都の街並みを眺めているようなふりをしてリムジンに揺られているうちに目的地に着いたようだ。
目の前には立派なビルがそびえ立っていた。え?なにこれ?とびっくりしていた頃、「社長は最上階にいますのでお上がりください」と広報の男か?彼の後ろをデンジャラスと着いていく。
エレベーターも全面クリアガラスで天界に登るアトラクションみたいだった。
そして豪華な扉を開くと、仙人みたいな2人が仙人が座りそうな椅子に座っている。
「よく来たね、まぁ座ってくれ。」
この異空間に圧倒されてしまった。何もかもが新鮮でこんなミュージックビデオあったよな、そんなことを思い出しながら、日本語が不慣れなダニエルをと気遣ってか、デンジャラスが口火を切った。
「例のデモテープ持ってきました」デンジャラスは中身が何か知っているのか…社長は相好を崩しながら、手をパチパチする。
先ほどの広報らしき男が失敬とデモテープを受け取り別室に消えた。
戻った広報の男が社長に耳打ちすると、席を立つように促され、僕たちも別室に案内された。
そこはドラマや映画でしか見たことがないような、そうとしか表現できない、一室にびっしりと現金だけが詰まった部屋だった。
ワーオゥッとでも言ったほうがダニエルらしいかな?と一瞬思ったが、下手に水を指したら元も子もないので、僕はデンジャラスに目を配り続けた。
頷くだけのデンジャラス、大金の山、そこからお金を抜く広報の男、札束がどしどし積まれる、数えきれない札束を取り出したところで僕らは退室を促された。
デンジャラスが「それでいいや、ダニエルのリュック貸してよ」広報の男から受け取った大金を僕のリュックに詰めまくる。
こういう時ってアタッシュケースじゃないのか?なんでこの汚ねぇリュックなんだよ?
一体何の金を僕は掴まされてんだ?
僕をメキシカンに設定したのはもうまく口封じができて、余計な口を利かせないためなのか?
手馴れた手付きで、広報の男がサインを促す、一十百千万、0を数えていく。
2000万円!リュックに詰め終えたデンジャラスが僕にリュックを渡してくる。
ドスンと重みを感じた。とっさに腕に力が入る。
交渉が成立したところで、今夜は是非ゆっくり休んでいってくださいと社長が告げ、広報の男に顎をしゃくって指示したのを合図に僕たちはまた別の部屋に案内されるようだ。
涼しい顔をして案内する広報の男とデンジャラスと僕は天界アトラクションのエレベーターで最上階までかけ上る。
案内された先はペントハウスだった。
今夜は2000万を見張りながら、ここでデンジャラスと泊まることを余儀なくされるのか、さらにダニエルとして茶番かわからないショータイムをやり続けなければならない。
広報の男が出ていくと同時に「ダニエル、オーサカわかる?楽しい街だよ、一緒に行こう」無邪気な笑顔を向けてくる。
「ビッグマネーあるよ、これはどうする?」
「その金から目を離すなよ、ビッグマネーは離しちゃだめ、わかる?」
OKとウィンクで返しながら、大阪の街へ向かうはずなのだか、下にはいかつい男共が待機していた。「お疲れ様です」とデンジャラスに頭を下げて、黒塗りのベンツのドアを開ける。
僕もデンジャラスのくんの横に滑り込む。
リュックはしっかり膝の上にある。
デンジャラスは2000万のことなんて頭にないようにいかつい男と話し出す。
陽気で正体のわからぬデンジャラスを横目に車は大阪に向かって走り出した。