見出し画像

3Lのハリネズミを飲み干したら、チェコでサムライになった

どーんっ!

突然目の前にどデカいタワーが置かれた。顔を上げないと上端が見えないほどの円柱が、店内のライトに照らされ黄金色に輝いている。・・・ナニコレ?こんな化け物みたいなドリンク注文した覚えはないんですが。

「へーい、ジャパニーズボーイ!これを飲み切ったらお前もチェコ人だぜ!!」

数日前に顔を合わせたばかりの同僚たちがこっちを向きながらサムアップしてる。いや、満面の笑顔でイイねしてる場合じゃないんだよ。

あれ、もしかしてここは大学の飲み会だったかな。一瞬記憶が混濁しそうになったがOK、Google maps。現在地は日本から9000㎞、ヨーロッパの中ほどに位置するチェコのさらに真ん中あたりのド田舎だ

早々に脳内会議を切り上げて目を開いても、やっぱりこの街の地ビール「Ježek」がこちらを見下ろしている。その量なんと3L。ちなみにJežekはハリネズミという意味だ。

”ボーイ”なんて年齢でもなければチェコ人になりたい願望も特になかったが、早く周りに馴染みたいという思いはそれなりにあった。

それとなぜだか、出されたモノは飲まないといけない気がしてくる。これはどう考えても日本の大学教育の根深い弊害、もとい大学時代のバカなノリのせいである。

「よっしゃー!やってやるぜ!!」

頭の悪い気合いを入れながら笑顔でハリネズミと戦うことを決意すると、

「Na zdraví(ナズドラヴィー)!!」

日本で覚えてきた数少ないチェコ語の一つを口にして同僚とジョッキをぶつける。

(といっても3L のグラスを一気に飲み干すような危険な飲み方ではない。タワーは簡易ビールサーバーになっていて、言葉の通じないスタッフに身振り手振りOK Google Translateしなくたって延々とマイジョッキにビールを供給できるという仕組みだ。)

2019年3月からチェコに海外駐在が決まった。もともと海外に行くチャンスを求めて入った会社なので、ある意味一つの夢がかなった瞬間だ。

チェコという国には縁もゆかりもなかった上に、首都プラハのような大都市でもなく、日本人が一人もいない、街中では英語すら全く通じない小さな街。ヨーロッパに本社のある会社なので、当然通訳もつかない。

駐在の条件としてはそこそこハードだけど、どうせ行くなら帰国後のネタは多い方がいいと思っていたのである意味願ったりだった。

出国日に電車に乗り遅れてフライトの搭乗締切5分前にダッシュで滑り込んだり、チェコに到着して空港から街へ向かう途中にタクシーが事故って真夜中に警察の実況見分が始まったりと、些細なトラブルはあったものの無事赴任生活が始まった。

・・・と状況説明はこんなところにして、皆さん、こんなことを聞いたことはないだろうか。

「日本と違ってヨーロッパではプライベートな時間を大切にしているから、仕事終わりの飲み会なんてほとんどない。」

僕もこの地に来るまではそう思っていた。しかし、今後そんなことを言ってきた方々には心の底からこう言ってやりたい。

「こいつらめっちゃ飲み会好きやぞ。」

もちろんこれは”ヨーロッパ人が”ではなく”チェコ人の"、さらに"僕の周りが”だし、その中でも個人差はかなりある。歓送迎会みたいな日本的思考だと重要度高めなイベントでも来ない人は全然来ないし、強制感みたいなものも一切ない。

それでも周りのチェコ人は何かにつけて飲む理由を探してるし、4月の復活祭、夏のハイキング、秋のワインシーズン、クリスマス・・・ことあるごとにイベントをやりたがる。

2020年はもちろんそういったイベントはほとんどできなかったのだけど、それに対しても尋常じゃないくらいショック受けてたり。大学生か。

「なんか思ってたんと違う・・・最高ですかよ。」

ちなみにチェコは世界一のビール大国である。一人当たりの年間ビール消費量は、なんと25年連続世界一。しかも2位以下を大きく引き離すぶっちぎりのトップ。

そしてこの方たち、なんせ食べない。つまみも頼まずにひたすら飲み続ける人が多いので、フード注文のタイミングを伺うのは必須技術だ。なぜすきっ腹にあんな流し込んでも問題ないのか。乾杯を意味するNa zdraví(ナズドラヴィー)は元々「健康のために」という意味らしいので、彼らにはビールさえあれば万事OKなのかもしれない。

さて話を歓迎会に戻して、自身の体調やら「これ以上飲んだら周りに迷惑かけるライン」やらを気にしながらも着々と杯を進めた飲み会の終盤、コックをひねってもハリネズミは出てこなくなった。

「しゃーこれで最後じゃ!!」

そう高らかに宣言したところ周りが一瞬えっ?となったので、「おい、なんだその反応は。ちゃんと撒いたタネ回収してくれ」と思っていたら。

「うおお!まじか!!」

「SAMURAI!」

「ジャパニーズ、SAMURAI!!」

「HARAKIRIーー!!!!」

とか騒ぎ出した。サムライは元から日本のものだぞ。あとハラキリは絶対使いたいだけ。

それにしてもノルマクリアだけで盛り上がり過ぎでは?

赴任前からチェコ人のビール狂ぶりは聞いていたので、3Lのビールも彼らにとっては日常なのかと思っていた。が、どうやら全然そんなことは無かったらしい。実際よく見たらこのビールタワー、このテーブル以外店内のどこにも建ってない。

そして彼らも、こんな小さな日本人が本当に全部飲むとは全く思っていなかったらしく、ネタとして頼んだだけだったようだ。言語の問題だったり、(普通こんなムチャぶり本気にしないだろうという彼らとの)文化の違いだったりで、僕には一切伝わっていなかったが。たぶん「え、まじで飲む気やんこのジャパニーズ」とか思ってたと思う。なんかごめん。

ともあれ、3Lのビールを飲み切ったことでどうやら「コイツやるやんけ」みたいな感情が芽生えたらしく、「これでお前はチェコ人の一員だな!」とか、「Sensei!Ninjya!Nagano!とか連呼されてその後は信じられないくらい盛り上がった。いや絶対それ知ってる日本語言いたいだけ。 

1年半以上経った今でもたまに「SAMURAI-san!!」なんて言われたりするけど、あの飲み会が赴任初期の難しい周囲との関係構築、その後の異国での生活を満喫するのに役立っているのは間違いない。

やはり何かにプライド(チェコではビール)を持っている相手に認められるには、その懐に飛び込まなければならないのだ。知らんけど。

・・・あとその前に仕事で結果を出せと言われるかもしれないが、その通りだ。仕事で結果を出せ。

【注意】吐いたり倒れたりしたらそれこそ心身ともに洒落にならないダメージなので、絶対に無理はしないように。

ちなみに同じタイミングでブラジル人も一人赴任してきたので両者の前にタワーが建てられたのだが、彼は1Lくらいしか飲んでなかった。ブラジリアン柔術のblack beltと呼ばれる絶好の機会をヤツは放棄したのだ。

・・・至極賢明な判断である。


ああありがとうございます!!いただいたサポートは記事を書くための活動費用に使わせていただきます!(もしくはビールに消える可能性も…)