表表紙2_-_コピー

ローリング膝栗毛(下)

「よろしくお願いしまーす」
 百階建て以上の超高層ビルが建ち並ぶオフィス街の歩道の一角で、朴木原ポーロは道行く人一人びとりにポケットティッシュを配っていた。
 と言うと、朴木原ポーロは仕事の一環でポケットティッシュを配っているのだな、と当然のように思われる方が多数おられるのではないかと思うのだけれども、はっきりと言おうか。言う。
 そいつはerror、誤りである。
 どういうことかというと、通常、仕事の一環でティッシュ配りをおこのう場合、宣伝したいこと、そうさな、例えば、「パチンコ&スロット弥勒 全店新台入替え! 1/7(土)AM9:00~ リニューアルОPEN!」とか、「お色気三段跳び! ホップ 見て ステップ さわって ジャンプ 店内デート自由 デート喫茶♡ヴェルサイユ」などといった文句が書かれた小さなビラをポケットティシュに挟みて、これを配るのが基本なのだけれども、朴木原ポーロの配るポケットティッシュにはそういったビラの類は一切挟まっておらなかった。
 もっと言うと、仕事の一環でティッシュ配りをおこのうた場合、その労働に見合った対価としてsalary、給与、というものが発生し、使用者は被使用者に対してこれを支払う義務が生じる。
 ところが、朴木原ポーロに給与を支払うものはたれもおらなかった。なぜなら朴木原ポーロには彼を雇う使用者がおらなかったから。
 つまり朴木原ポーロは、たれに頼まれたわけでもなく、真実真正、ただ純粋にポケットティッシュを配ることのみを目的、あるいは、喜び、と言い換えてもよいのかもしれない、喜びとして、ティッシュ配りをおこのうていたのである。
 こんなことを言うとあなたは、「んなアホなやつがあるかい」と言って、怒張させた陰茎を丸出しにしてずいずいと私に迫ってきてアナルファックを要求してくると思うが、まずはその怒張させた陰茎を仕舞ってほしい。そして私の言葉に耳を傾けてほしい。
 朴木原ポーロとは、そういうGuyなのである。
「よろしくお願いしまーす」
 笑顔でポケットティシュを差し出す朴木原ポーロ。
 しかし、世間の半人半牛に対する反応は冷たかった。
 ほとんどの者は朴木原ポーロには一瞥もくれずに素通りしたし、なかには、「半人半牛は皆殺し」「日本から出て行け!」などと書かれたプラカードを掲げてヘイトスピーチをする極右の団体、みたいな団体もいた。
 けれども、いや、だからこそ朴木原ポーロはより一層誠実に、誠心誠意真心を込めてティッシュ配りに勤しんだ。
 そしてティッシュ配りを開始してから二時間が経過したころ、
「もう良いでしょう」
 朴木原ポーロは助さん、格さんを制する水戸黄門の口調でそう言って、それから撤収作業に取りかかろうとしたときであった、
 テケテケテケテケテケテケ。テケテケテケテケテケテケ。
 妖怪テケテケが現れたわけではない、朴木原ポーロのiPhoneが鳴ったのである。
朴木原ポーロはディスプレイを指で弄り、iPhoneを耳に当てた。
「お疲れっす、はい、はい、え、はい、はい、はい、はい、はい、えー、まじっすか? わっかりました、え、はい、はい、え、え、え、りょーかいっす、はい、はい、はい、はい、はい、はい、はい? またまたー、冗談キツイっすよー、げらげらげらげら、はい、はい、それじゃ、はい、のちほど、はい、はい、はい、はい、はいー、はいー、がちゃ」
 電話を切った朴木原ポーロは、ちっ、と舌打ちをして、
「どうやら店に行くのは遅くなりそうだな」
 そう呟いて、尻から大便をボトボトと落とした。
 街路樹に百匹の猿が留まって蟠っていた。

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「次のお題です。東京都立やらせろ高校の校訓を教えてください」
 貸し切りの打ちっぱなしゴルフ練習場。
 ゴルフクラブのグリップを両手でしっかりと握り、ちらっ、ちらっ、ちらっ、ちらっ、ちらっ、横目で前方を見、球の飛ぶ先を念入りにイメージしながら、上半身はメンタリストのDAIGO、下半身は純白の短毛に背中に大きな瘤のある半人半牛は、遠巻きに横一列に離れて並んで直立している三頭の半人半牛に大喜利のお題を振った。
「はいっ、はいっ」
「はいっ、はいっ」
「はいっ、はいっ」
「真ん中の君」
「はいっ、出会って二秒で合体、というのはどうでしょうか」
「全く笑えません。南波留」
 南波留と呼ばれた上半身は安岡力也、下半身は黒単色で、他の半人半牛と比べて一回りも二回りも大きな半人半牛は、低くくぐもった声で「へい」と応えて、じゅううううううううううううううううううううっ、熱し過ぎて先端が赤白く発光した火掻き棒を手に持って、のっしのっし、のっしのっし、真ん中の半人半牛のところまで歩いていって、ずぼっ、真ん中の半人半牛の尻の穴に持っていた火掻き棒を突き刺した。
「いひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」
 真ん中の半人半牛は絶叫し、暫くの間全身を激しく痙攣させていたが、やがて、かっくん、糸の切れた操り人形のように地面に打ち伏して、そのままぴくりとも動かなくなった。
 見ると、他にも七頭の半人半牛が、尻の穴に火掻き棒が刺さった状態で地面に転がっていた。
「すこーん。ああっ、右に反れてしまった。他にありませんか」
「はいっ、はいっ」
「はいっ、はいっ」
「右の君」
「はいっ、AよりB、BよりC、というのはどうでしょうか」
「AよりB、BよりC。あっはっはっはっはっ、これはケッサクだ。なあ南波留?」
「へい」
「そ、それじゃあ…」
「南波留」
「へい」
 のっしのっし、のっしのっし、右の半人半牛のところまでいって、ずぼっ。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」
 その光景を見ていた左の半人半牛は、うおおおおおおおおおおおおおおおおっ、と叫んでその場から逃げようとしたが、のっしのっし、のっしのっし、すぐに捕まって、ずぼっ、絶叫、かっくん。
「すこーん。うん、いい飛距離だ」
「廿様」
「なんだい南波留?」
「そろそろお時間です」
「うん、わかった。いま行く」
 十頭の半人半牛からは既に屍臭が放たれていた。

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「うわー、凄い凄い。見ましたいまの? ねえねえ?」
 河童の波夷が目を輝かせてはしゃいでいる。
 朴木原ポーロが店に来る時間は決まっていますから、とエドモンドちゃんに言われた私と榮グローリーは、私は店に戻ります、と言うエドモンドちゃんと一旦別れることにして、近くで開催されているあんこうの吊るし切りショーを見に来ていた。
「わっ、わっ、わっ、ほーう、ナルホドー、あれがああなってああなるのかー、ふむふむ」
 なにが、ふむふむ、だ、馬鹿。まったく、この愚劣な河童は、なにをあんこうの吊るし切りショーくらいでこんなにはしゃいでいるのか。つか、なんで俺らに随いてきてんだよ? 友達だと思われるじゃんか。隣り来んな。クセーんだよ。とは一切口に出さずに、私は初孫を溺愛するリサステッグマイヤーのような気持ちで河童に話しかけた。
「波夷君」
「なんです?」
「随分と楽しそうだね」
「はい、げっさ楽しいっす」
「そうか、それはよかったね」
「はい」
「ところでさあ、波夷君」
「なんです?」
「違ってたら、違う、ってはっきりと言ってもらって構わないんだけれどもね、僕の記憶が確かならば、確かならばだよ? 君、吃音症じゃなかったっけ?」
「ああー、あれですか? あれはですね、あの場合どもってた方がなんか河童っぽいかなーって思って、わざとっす。てへへ。本当は自分、メチャメチャ流暢に喋れます」
「あ、そうなんですか」
「はい、そうなんす。ワリーっす」
 殴ろうかな、と思った。
 このような河童の舐め切った態度について榮グローリーはどう考えているのか、榮グローリーの方に目を転じると、ずずっ、ずずっ、ずずずずずーっ、一体このアホは毎回毎回どこからそんなものをもってくるのか、あんこうのどぶ汁をほくほく顔で啜っていた。
「わあー、いいなー、グローリーさん、それどうしたんですか?」
「くっちゃくっちゃ、なんかあっひのテントで、くっちゃくっちゃ、配ってはよ、おっほ」
「マジすか? すいません、僕もちょっと行ってきます」
 そう言い残して人混みのなかに紛れてゆく河童。
 ステージ上では舞台が転換して、地元の青年団有志によるよさこい踊りが始まるところであった。

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 四十畳のリビングダイニングキッチンの中央に置かれた舶来品のたっかそうなソファーに深く腰を沈めて、チャイニーズピンクのアジア象の頭にでっぷりと肥ったメタボ腹、肩先から二本ずつ、合わせて四本の腕が生えた人間の身体の象頭の男は、巨大なボングをゆっくりと吸っては口と鼻から大量の煙を吐き出していた。
 そこへ、いんおーん、エレベーターのチャイムが鳴って、うぃーん、のっそのっそ、なかから半笑いの朴木原ポーロが頭をへこへこ下げながらリビングダイニングキッチンに入ってきた。
「いっやー、どもども」
「あーん、ポーロちゃん、来てくれたのねー、嬉ぴー」
「さーせん兄さん、遅くなっちって、うししししっ。で、早速でがんすが、仏は?」
「あそこなのー」
 兄さんと呼ばれた象頭の男が指差す方へ行ってみると、なーる、下半身がずくずくになった全裸の人間の男の死体がうつ伏せの状態でフローリングに倒れていた。
「ひゅーう。というのは口笛を吹いた音。またやっちゃいましたか」
「そうなのー」
「兄さーん、兄さんの頭じゃスカルファックは無理だっていつも言ってるじゃないすかー」
「ごめんなさいー、我慢できなかったのー」
「どーどーどーどーどー、どーどーどーどーどー。よござんす。ほっ、死体を肩に担いで、のっそのっそ、後始末はこっちでやっときますんで」
「あーん、ありがとー」
「いやいやいやいやいやいやいや。あのー、その代わり、と言ってはなんなんですが…」
「任せてー、例のアレ、奮発しとくからー」
「あざあす。んじゃ兄さん、またなんかあったら連絡ください」
「うん、わかったー、連絡するー。ホントありがとー、はーい、はーい、はーい」
 そう言って朴木原ポーロを見送った象頭の男は、次の瞬間には何事もなかったような表情で、げええええええっ、大きくげっぷをして、卓子の上に置いてあったビリーズブートキャンプのDVDを手に取り、パッケージを弄ってはにやにや笑っていた。

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「むっしゃむっしゃ、むっしゃむっしゃ、ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ、げええええええっ、むっしゃむっしゃ、ぷー」
「グローリーふぁーん、むっしゃむっしゃ、パキスタン風ビリヤニ、なんてのもありまひたほー」
「ないふ、はひちゃん、ほこほいといて」
「はひっ」
 あんこうの吊るし切りショー会場の飲食スペースの一隅を占拠して、屋台で贖ってきた料理を白くてベラベラの丸卓子の上にひろげて、それらを手掴みで、口の周りをべとべとに汚しながら、次から次へと貪り食らう河童と榮グローリーの様は、さながら地獄の餓鬼のようであった。
「グローリーふぁん」
「なんだひ」
「グローリーふぁんって、おひくふなんでふか?」
「ほれ? ほれは七ふぁいたよ」
「あ、ほうなんでふか」
「はひちゃんは?」
「ぼふでふか? ぼふはことひで百二ふぁいになりまふ」
「ほうなふだ」
「はひ。グローリーふぁん、ごふみは?」
「ふみ? ほふひはいよ。はひちゃんは?」
「ガーデニングでふ」
 食べるの止め。食べるの。
 それになんだ、歳は幾つだの趣味はどうだのと、なにを愚にも付かない会話をしているのか。お見合いか。
 榮グローリーよ。私はお前のことを完全に見限ったよ。ごめんな、朴木原ポーロ探し、最後まで付き合ってやれなくて。このラッシーというヨーグルト状の飲み物を飲んだら私は行くよ。ずびっ、ずびっ、ずびびびびーっ、はい、飲んだ。さあ行こう。と心内語で言って、椅子から尻をぷりっと浮かせたときであった。

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 榮グローリーを見限って、椅子から尻をぷりっと浮かせたときであった。
 うっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃ。
 ケダモノのような歓声が起こり、すわ何事かと周囲を見渡すと、客は皆一様に、悪霊に憑りつかれた人のようにステージに向かって一心不乱に拳を突き上げている。そこでステージの方に目を転じると、いつの間にそんなことになっていたのか、ステージ上ではバンドセットが組まれており、べーん、べん、べんべん、ぼん、ぼん、ぼぼぼぼん、ちゃー、ちゃっちゃー、ちゃらっちゃー、どっつんどどつん、つくつくつくつくつくつくつくつく、しゃーん、どどつん、奏者が各々機材の調整を行うておった。ところへ、ステージ下手から、ブルーのラメラメのデーハーなスーツに蝶ネクタイ、、容姿だけが売りの若手演歌歌手、みたいな男が投げキッスをしながら登場して、センターマイクの前に立つと、うっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃうっぴゃっぴゃ。客のボルテージは最高潮に達した。
 心臓発作を起こして担架で運ばれる人が続出したし、泣き狂い、小便を垂れ流して、地面を転げ回りながら嗚咽号泣する人もいた。
そんな騒ぎには我関せずといった体で若手演歌歌手は、ドラム奏者と二言三言会話を交わして爆笑する、ペットボトルの水をがぶ飲みする、自分で自分の頬を痛くない程度にペチペチ叩く、などしていたが、やがて照明が暗くなって。
 ちゃーちゃーちゃーちゃーちゃーちゃーちゃーちゃららん、ちゃーちゃーちゃーちゃーちゃーちゃーちゃーちゃららん。
 暗闇の中から聞き慣れたピアノの前奏が聞こえてきた。
 ジョン・レノンの楽曲、『イマジン』であった。

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