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戦争は人間の精神を破壊する!――「映像の世紀バタフライエフェクト 戦争のトラウマ 兵士たちの消えない悪夢」

 2025年1月20日、NHK総合で放送された「映像の世紀バタフライエフェクト 戦争のトラウマ 兵士たちの消えない悪夢」を観た。第一次世界大戦から現代までの、戦争によって心に深い傷を負った兵士たちを映像で追う貴重なドキュメントだ。各種の有料サービスで視聴可能のようなので、是非観てほしい。

 第一次世界大戦で、心身に異常を来した多くの兵士たちの存在が各国で問題になった。戦場から帰還しても、常に身体をガタガタと激しく震わせ、歩行も困難。診察室で医師が「爆弾」と言うとベッドの下に潜り込む。
 イギリスの医師はこれを「シェルショック」と名付け、砲弾の衝撃で脳や脊髄の損傷が原因だと考えたが、各国で次第に心因性だという認識が広まり、「戦争神経症」と総称された。
 しかしイギリス軍司令官ダグラス・ヘイグは、臆病な兵士たちを戒めるため「見せしめ」を作るべきと考えた。当時、こうした兵士らの症状は仮病ではないかと疑われていたのである。
 
 ハリー・ファーという二等兵は西部戦線にて「シェルショック」で離脱するも退院後に再び動員された。前線でパニックを起こし、わずか20分の軍法会議で「臆病罪」として処刑された。
 彼の妻であるガートルードは、処刑に立ち会った従軍牧師から手紙を受け取った。彼は処刑の際、目隠しを拒み、目を開けたまま撃たれた。「夫は決して臆病者ではありませんでした」
 
 なおハリー・ファーの娘であり、母と同じ名前を持つガートルードは、90を超えても父の名誉回復のため裁判を闘っていた。2007年、ハリー・ファーは死後90年にして恩赦が認められ、栄誉ある戦死者として戦争記念碑にその名が刻まれた。

 フランスではこうした兵士の症状を仮病と決めつけ、心身を鍛えなおすべきだと考えた。医師のクロヴィス・バンサンは、「魚雷攻撃」と称し歩行困難な兵士らの腰に電極を取り付け、70V、35mAの電気ショックを与え続け、無理矢理歩かせた。しかもこの行為を自画自賛し、他の病院にも広まった。体に20mAの電流が流れれば動けなくなり、50mAで命が危険、100mAで致命的だって言うぜ。とんでもない人体実験だな。そういえば日本でも「笑っていれば放射能は来ない」と言ってのけた医師がいたが、いつの時代でもこういう似非医学がはびこるんだな。
 しかし、さすがにあのフロイトは正しく分析していた。

 「自分の生命に対する不安、他人を殺せという命令に対する反発、上官による情け容赦なき人格否定に対する拒否感が、戦争逃亡的性向を生む」

 このフロイトの解説が読み上げられているあいだの映像は、車椅子の上で震え、ベッドの下に隠れ、軍帽を見せられるだけで子どものように怯える兵士たち。これらのどこが仮病なのか。

■ 盧溝橋事件以降の中国全面侵略戦争開始の翌年、陸軍省医事課長は貴族院で、次のように述べた。 

 「戦争神経症は皇軍には一名も発生致しませぬことは、皇国民の特質、士気の旺盛なりことを如実に示すものでありまして、皇軍の誇りと致す所であります」

 しかし軍は極秘に、千葉県市川市の国府台陸軍病院に戦争で心を病んだ兵士を多数入院させていた。映像によると兵士らは常に身体をガタガタと震わせ、歩けない。立ち上がれない。ヨーロッパ各国の兵士らと同じ症状だった。
 
 南京攻略戦などに動員された水野正夫は、「鬱々と毛布をかぶり、人との交渉を避ける」状態で、精神分裂症(つまり統合失調症)と診断された。
 彼の仲間はほとんど戦死したため、サバイバーズ・ギルト(生存者罪悪感)という状態に陥ったのだ。死ぬことが美徳とされた日本兵に多くみられたという。
 しかも患者らは「不当に兵役免除や恩給を受け取ろうとする者」と疑われ、多くの場合、恩給を受け取れなかった。日本って昔からこういう国なんだよ。
 ところでフロイトが指摘している通り、兵士たちの心の傷は、戦場で鳴り響く砲撃音、死の恐怖、無数の死体だけが、もたらすものではない。

■ 第二次世界大戦でアメリカ軍にも心を病んだ兵士が多かった。沖縄戦で、「ガマ」に手榴弾を投げ入れた兵士は、女性や子どもが火だるまになるのを傍観していたことを激しく悔やむ。「こんなことはもううんざりだ!」と叫んでライフルを地面に叩きつける兵士も、「ママ!」と叫ぶ兵士もいた。
 1946年の映画”Let There Be Light”(光あれ)は公開直前に軍によって公開中止にされた(80年代なって公開された)。第二次世界大戦によるアメリカ軍負傷者の約20%は精神・神経疾患だったという。全てに気力を失ったと告げる兵士、沖縄戦のショックで自分の名前さえ忘れて、催眠療法によって沖縄戦の光景を語る兵士の姿が衝撃的だ。ジョン・ヒューストン監督は「戦闘によって兵士が心に傷を負うという、軍にとって不都合な真実を見せる作品だった」と語る。


■ かつて自分のブログのほうで引用した「戦争における『人殺し』の心理学」(デーヴ・グロスマン/著)でも紹介されているが、第二次世界大戦の後、アメリカ軍准将S.L.A.マーシャルは、「よく訓練された部隊でも、敵に向かって発砲する兵士の割合は25%」だと発表。

 「人は自分と同じ人間を殺すことに対して、普段は気付かないが内面には抵抗感を持っている。その抵抗感の故に、責任を免れる道さえあれば、いざという時に良心的兵役拒否者となる」

 なお番組では「この数字は後に信憑性を巡って大きな議論を呼ぶ」と述べている。予防線のつもりだろうが、余計なことだ。軍隊に対して耳障りの悪い事実を指摘すれば非難を浴びるのはいつの時代でも同じであり、戦場で兵士が発砲をためらうのは第二次世界大戦のアメリカ軍に限らず多数の記録から明らかになっている。これが事実でないとしたら、なぜアメリカ軍など各国の軍隊がこの対策を始めたのだろうか?

 このアメリカ軍准将も、元アメリカ陸軍中佐のデーヴ・グロスマン氏も、「兵士は銃を撃てない、だから戦争はやってはいけない」、などとは言っていない。准将昇格の際だろうか、勲章をつけてもらって満面の笑みを浮かべるこの小柄なおじさんは「より強い軍隊を作るために、何が必要かを洗い出した」のだ。こうしてアメリカ軍は訓練の方法を一変させた。
 射撃訓練の標的を従来の丸い物から、人間の形と動きを似せた物に変えた。起き上がる標的に命中すれば倒れる。こうした訓練に慣れれば、戦場でも人間に向かって同じように撃てるのだろう。
 ベトナム戦争の際の訓練では、標的に稚拙で差別的なイラストが描かれた。南ベトナム解放民族戦線の兵士をイメージしたつもりだろうか、鼻が潰れていて釣り目だ。西洋人の東洋人に対するイメージはこういうものなのだろうが、醜悪に描く理由もあったようだ。

 「まず、相手は人間以下だと伝えた」
 「ベトナム人の目は細くてよく見えない。アメリカ人の丸い目とは違うんだ」
 「兵士に敵を殺させるには、相手が『人間』だという感覚を、徹底的に奪っておくことが重要だ。なぜなら、敵も同じ人間だと感じた途端殺せなくなるからだ」

 こうした指導も「戦争における『人殺し』の心理学」で紹介された通りだ。しかし訓練と指導によって戦場で敵を平然と撃ち、除隊後は平穏に暮らす者も多いだろうが、そうではない者も多い。「戦争における『人殺し』の心理学」は、この点を実に軽視しているというか楽観的だ。

■ こうした訓練のせいなのか、ベトナム戦争では発砲率が大幅に上昇したそうだが、1968年のソンミ村虐殺事件で村民25人を虐殺したと証言したバーナード・シンプソンは、事件から約30年後にショットガンで自殺した。
 1989年のインタビューで彼は、終始落ち着かない様子で、目を潤ませながら語った。

 「自分の中で人を殺す訓練がよみがえってきた」
 「一人を殺してしまえば二人目はそれほど抵抗がなかった」
 「次はもっと簡単だった」
 「何の感覚も感情も無くなり、とにかく殺した」

 しかし20年以上経っても悪夢に苦しめられ、被害者の遺体が「夢に出てくる」。テーブル上の多くの瓶は精神治療の薬と思われる。

 1971年、ベトナム戦争帰還兵が戦争体験を告白する「冬の兵士」聴聞会が開かれ、「若者たちが怒りをぶちまけた」。

 「民間人とベトコンを区別する建前だったが、死んだやつはベトコンだということにされた」
 「やつらはつり目で劣っている、アメリカ人は文明人と言われた」
 「殺せ、殺せ、と教育されたて、殺すのが待ち遠しくなった」

 訓練された通りに実行したことに、あとから思い悩むことが無ければ、元兵士たちが聴聞会に出ることは無かったし、バーナード・シンプソンが自殺することも無かっただろう。
 こうした訴えによって、戦争が人間の心を蝕むことを、少なくとも精神医学の分野が認めたようだ。1980年、「アメリカ精神医学会診断マニュアル」に "Post-traumatic stress disorder" つまりPTSD、心的外傷後ストレス障害という病名が加わり、国の医療支援や補償を受けられる可能性が出来た。

■ 2008年アメリカ海兵隊は、イラク侵略戦争に派遣する兵士に対し、ハリウッドの特殊メイクなどを用いたリアルな市街戦シミュレーションを受けさせた。血まみれで泣き叫ぶ市民(役者さん)は救助し、スクリーンに覆面で銃を持った人物が映れば射殺し、丸腰のヒジャブの女性(無意味に美人)は撃たない、という訓練。
 携帯用「交戦規定書」には、「攻撃対象は敵対勢力と軍事目標に限る」「民間人は保護すべし」「病院やモスクを攻撃すべからず」などの記述が並ぶ。侵略戦争をしなければそういう気遣いはいらないはずだが。
 また、兵士がPTSDから回復したかの最終テストと称し、シミュレーションを行っていた。スクリーンに映る人物のうち敵の戦闘員だけを撃てば合格、また戦場に送られる。再びPTSDに苛まれるだろう。
 
 2008年、ニューヨークタイムズ紙は「戦争による荒廃」というサイトを立ち上げ、アフガニスタンやイラクから帰還後に殺人事件を起こした121人の実名と顔写真を公開。親族からの声も掲載された。

 「彼は怪物になってしまった」
 「ブッシュよ 息子を殺人マシンにしてくれてありがとう」

 軍隊は訓練によって人を「殺人マシン」に変えることは出来るが、その後の心の問題については全く無力だ。というか対策するつもりがあるのだろうか。若者を戦場に動員し、戦死しても身体障害者になってもPTSDに苦しんでも知らん顔、使い捨て。軍隊とは、国家とは、そういうものだ。
 アフガニスタンやイラクに派遣された米兵の戦死者は7057人、しかし3万人が自殺しているという。

■ イスラエルによる2023年10月7日からのガザ人民ジェノサイドに際し、イスラエルの爆撃部隊は「AI」を導入している。敵を殺害した兵士が心を病むことをイスラエル軍も熟知しているのだろう、直接的な関与を少なくする方針だ。それも恐ろしいことだが(AIに、人相が悪い、服装と荷物が不自然、こいつはテロリストの可能性ありと判定され、AIが操るドローンで殺されるかも)、ガザに侵攻したイスラエル陸軍の兵士の中に、心の異常を訴える者が現れているという。
 昨年ツイッターで話題になり、俺もブログに貼り付けた件だが、イスラエル軍の予備役兵士のEliran Mizrahi(エリラン・ミズラヒ)は、半年以上の従軍の後、2024年4月に負傷のため任務を離れ、PTSDと診断されていた。「ガザで地獄を見た」と語ったという。しかし6月に再び召集令状が届き、妻子を残して自殺。
 この番組では詳しい言及は無かったが、彼は工兵部隊で、自分がガザの家屋を破壊する様子を自撮りしてネットに公開していた。そうした行動の一方で、彼の心は蝕まれていったのだろう

 彼は42歳、いわば働き盛り。妻と子ども4人、子どもの教育費がかかる年代ではないのか。実戦部隊でないから命を落とす危険性は低いだろう。任務が終われば家族の元に帰れたはずだ。それでも彼は死を選んだ。
 ガザではいまも多くの犠牲者が瓦礫に埋もれたままだ。イスラエルは停戦合意を破り虐殺を続けている。自分の戦争犯罪を面白半分にネットに晒していた侵略兵の自殺などスルーしてもいいかもしれないが・・・遺族にしてみれば反イスラエルのしかもジャップなんぞに言われたくないだろうが、この件はつらい。私にも一応家族はいるよ。子どもはいないが。
 
 それにしてもこの時代、ネットに自分の行為を晒せば永久に残る。アカウントを削除しても、サービス自体が終了しても、世界の誰かが自分の端末に保存している。ググれば自分の名前と画像が出てくる。自分で晒さなくても、ネットの記事が残る。自分の中で辛い記憶と折り合いをつけようとしても、どこかで誰かが古い記録を引っぱり出す。自分の行為に生涯追われ続ける。ますます戦争をしてはいけない時代になっている。


■ 番組の終盤は、前述のようにイギリス軍二等兵ハリー・ファーの名誉回復、続いてテーマ曲「パリは燃えているか」が流れる中、エリラン・ミズラヒの自死、続いてロシアによるウクライナ侵略戦争の映像、テロップには「PTSDとみられるロシア兵は約10万人、その数は増え続けている」「PTSDなどのリスクを抱えたウクライナ人は兵士・市民合わせて1000万に迫る」・・・最後に「キル!キル!」と叫びながら訓練を受ける若い兵士たち。

 「勝利のために兵士を戦場に送り込む国家と、恐怖と罪悪感で心に傷を負う兵士たち。百年に渡る悪夢は今も続いている」

 世界のどこかで戦争が続く限り、戦場で命を落とし、PTSDで苦しみ、除隊後に自殺する兵士が絶えることはない。戦争は人間の精神を破壊する。兵士は加害者であると同時に被害者だ。生きている限り苦しみ続ける。だから全ての戦争を否定し、全ての軍隊を解体させなければならない。
(以上、自分のブログ「不条理日記」より転載)
(見出し画像はGrokに作ってもらいました)


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