星飛雄馬の“青春”

 
 巨人の星第11巻において花形・左門に続いて登場する第三のライバルであるアームストロング・オズマは、単に野球における敵対関係のみならず、主人公星飛雄馬の人生そのもの、かれの実存そのものに大いなる疑問を投げかける存在として極めて重要なキャラクターである。オズマとの試合での対決ではかろうじて勝利をおさめたものの、精神力の限界に至った飛雄馬は試合終了と同時に昏倒し、入院することとなる。その入院先に、雑誌社の企画で二人の記者とともに訪れてきたオズマとの対話で、飛雄馬は自己の存立基盤を根底から揺さぶられるのである。
 
 星飛雄馬は幼い頃から父・一徹の果たされなかった夢を受け継いで、ひたすら野球ひと筋の生活を送ってきた。対するオズマは、同様に幼い頃に大リーグのとある球団に“引き取られ”て、一日24時間すべてが野球づけの生活を強いられてきた。オズマを自宅のテレビでみた姉・明子は、二人はただ野球をするためだけの「野球人形」だと喝破し、一徹の動揺をさそう。このシーンにおける一徹の態度・反応を見るに、彼自身もいままでの自分自身の行動にいささかの懐疑が生じているように見える。実にこの出来事こそが、のちにこの親子が正面から敵同士として対立する遠因となっていくのだが、この時点ではまだそれは明示されていない。
 
 それはさておき、飛雄馬と対峙したオズマの主張は、彼と飛雄馬とはそろってただ野球をやるためだけに存在する「野球ロボット」であり、普通一般の青年が当たり前に経験する青春とは無縁だ、ということだ。動揺した飛雄馬は自分にだって自分なりの青春はある、と主張するのだが、オズマはそれを無下に退ける。おれたちには友達も恋人もいない、本も読まない、音楽も聴かない、野球以外の夢は何一つ持っていない。こんなものが青春といえようか、おれたちはただの野球をするためにネジを巻かれたロボットなのだ、と。実はオズマ自身は自分がロボットでしかないことを少しも恥じてはいない。自分のあるがままの姿を受け入れている。ただ、どう見ても自分の写し絵であるように見える飛雄馬がそれに全く気づいていないことを指摘してやったまでのことなのである。それに対し飛雄馬は一言も言い返すことができない。ただオズマに出ていけ、と叫ぶのみである。すなわちかれの言を認めざるをえなかったのだ。

 退院した飛雄馬は、契約更改のため巨人軍球団事務所に赴く。契約書にサインしようとした彼は、球団代表からオズマが来シーズンから日本の球団でプレーしたいという意向を持っていることを知る。彼は急遽、年俸の吊り上げを要求する。オズマに再び会うことがあるならば、そのときは“人間らしい人間”になっていたい、金銭欲をあらわにすることでせめて俗物的であろうとも人間らしさを獲得したいと願うのである。ここから彼の迷走がはじまっていく。正月のテレビ番組に出演した彼は、そこで知り合った人気アイドルグループの一人と“デート”し、深夜の“ゴーゴー喫茶”で二人で踊る。シーズンオフにこの程度のことをするのがなぜそれほどの逸脱と思われてしまうのか、ということが、まさしく彼が野球人形でしかないことの証と言えなくもないが、そこは時代性もあるし、まだ未成年であるということもあるだろう。

 凡百の作者ならば、やがては彼も何かちょっとしたきっかけで自分の道を思い出してまた努力精進を続けていくということになろうが、梶原一騎はここに大きな山場を設定する。宮崎キャンプに参加した飛雄馬は、とある出来事をきっかけに山奥の無医村において見習い看護婦をしている一人の少女に出会う。同い年である彼女が、自分の青春すべてをその地に生きる貧しく満足な医療も受けられない人々のために捧げつくしているのを知って、再び彼は大きく動揺する。自分の野球は多くの人の賞賛を集めている、名声を得ている。なのにその上青春が無いなどと悩んでいる、それに比べて…というわけだ。彼はその少女に強く惹かれていくようになる。給料吊り上げだの、タレントとの浮名などとは違う、“本当の青春”がついに彼に訪れたのである。

 この幸福は長続きしない。少女とのデートを重ねていた飛雄馬は、けして練習を怠ったりしたわけではなかったにもかかわらず、川上監督から二軍落ちを宣告される。恋愛と二股をかけて成立するほど巨人軍の野球は甘くないということだ。飛雄馬は、どれほど彼女のことが好きであっても、いままで自分のすべてであった野球と引き換えにはできない、と決心し、別れを告げるために最後に彼女に会いに行く。そこで、別れを納得した彼女から最後のわがままとして、彼女の秘密を打ち明けられる。不治の病に侵されて余命僅かなことを知った彼女は、残された自分の命を少しでも無駄にすることを拒否して、無医村に暮らしていた貧しい人々の助けになることで充実した日々を送っていたというのだ。

 彼女は言う。自分は弱虫だから、少しでも理解してもらえそうなあなたに打ち明けた、同情が欲しかったのだと。飛雄馬は強く否定する。涙ながらに。そして言う。「おれには青春がないなんて思ったが、こんな素晴らしい人を愛したんだ!もう青春なんかいらん!終われ!」

 彼女の死とともに飛雄馬は彼の命とも言える大リーグボールを失う。精神集中の魔球を喪失した彼は名実ともに二軍選手となって、低迷期へと入っていく。星飛雄馬よ、どこへ行く…というト書きとともに巨人の星第一部は終わりを告げるのである。

 わたしがこの文章を書いた目的は、クリスマス時期になると必ずだれかしらがアニメから切り取った動画をアップロードするからである。それは、“青春を取り戻そう”とした彼がクリスマスパーティーを企画して知り合いの誰彼に招待状を送るのだが、ただの一人もあれわれず、狂乱した飛雄馬がパーティー会場を滅茶苦茶にするというものである。もちろんこれはアニメオリジナルであって、とにかく大人気番組であった巨人の星を引き延ばすための企画のひとつにすぎない。原作の飛雄馬は、ゴーゴー喫茶で踊ったあとタレント少女に感想を聞かれて、心のなかで「むなしい…こんなものが青春か?」とひとりごちるのである。原作を何より愛するわたしがアニメのこの展開についてどう思うかはあえて書くまでもない。そしてその動画を嬉々としてアップする者たちも、それを見てあざ笑う者たちも。

 

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