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ぬり絵三人展

老人ホームでの楽しい出来事を綴っています。

絵の巨匠新田氏が亡くなった。
私が長崎のこの老人ホームに入職した当時、巨匠はバリバリと絵を描き、それに職員が適当なコメントを付けて壁の一角を使って個展なるものを開催していた。
それが実にユニークで心温まる作品ばかり。
例えば、大海に案山子や兎やうどんが浮いている。(これはパラダイスな水面を表現しているらしい)
大きな木みたいなカブトムシ(模造紙一面に大きな木を描いてそれに目を付けて、カブトムシと一体化しているように見える不思議な作品)等々。
入場無料とあったが有料にしても良いと私は思った。

巨匠が亡き後、現在壁を飾っている三名のぬり絵家さんをご紹介しましょう。


ワテさん(90歳)
自分のことはワテと言っているので、ワテさんと呼んでいる。
ワテさんは同じ色を使って実に光沢のあるぬり絵をする。
一枚仕上げるのに色鉛筆2本くらい使ってしまう。
とにかくひたすら、ただひたすら同じところを塗り重ねている。
結果、ピカピカの光沢がある作品に仕上がるのだ。
何処何時でその様な技法を覚えたのだろう?
誰にも真似が出来ないと思うのは、同じ色ばかり使っていると思いきや、実は時々他の色を使って上手にグラデーションを付けていたのである。
例えば白。白色を上に塗ることで微妙に色が変わって来る。
また、色鉛筆の後ろ(削って無い方)でもって、ゴシゴシ擦るのだ。
同じ所ばかりそんなに擦っていると、その内紙が破れてしまうのでは?と思うのだが、塗り重ねている色により保護されているため穴が空いたことはない。

そんなワテさんの作品の中で私が特に気に入っているのは、真緑の美空ひばりである。「東京キッド」の歌詞の下の美空ひばりは 、シルクハットにタキシード姿で歌っている。
その美空ひばりはまるでエメラルドの彫刻のように緑色に輝いている。
それと、黒焦げになった空飛ぶアンパンマン。
こんなに焦げてしまっては、残念ながら食べて喜ぶ子供はいないだろうにと思う。しかしその顔は神々しく輝き、観る者に勇気を与えてくれる。夜だと全く分からないだろうけどね・・・


ハツコさん(91歳)
ハツコさんには観音様が憑いている。
何をするにも「観音様が言っている」と言うのだが、それはちょっと困ることばかりで、職員を困惑させている。
そんなハツコさんのぬり絵はというと、とてもまともだ。
ただ、途中で突然席を立ち、大声で
「皆さん、この絵はこれで完成でしょうか?まだでしょ〜か?」
と、問うくせに、
「はい、はい、分かりました。はい、はい」
と、自分で何か納得しては、また作業に戻る。を繰り返している。
その突然さは周りをドキッとさせ、隣の席にいる者を怖がらせている。
そして、完成すると
「皆さん!見てください!!」
と、そのぬり絵を高々と掲げて皆に見せるものだから、その場に居た者は拍手をして「素晴らしい」「綺麗」「よく出来ました」と絶賛、褒めまくることを余儀なくされる。
もしそれを無視すると、
「"観音様が""観音様があ"""」
と、潰れた声でひたすら叫び続けるからである。
また、ハツコさんのぬり絵のスピードは尋常ではない。
黙々と鉛筆の先をなめなめしながら1枚を10分と掛からない内に仕上げてしまう。
「はい、観音様がもう一枚新しいの持って来いと言っている」
と、次々に新しいぬり絵を求めて来られる。
その間に何度も立ち上がり、拍手を求められると、流石に職員もうんざりしてくる。
それで、苦肉の策で
「ほら、まだ塗って無い所あるよ」
と、余白も塗るようにと勧めてみた。
するとハツコさんはペン立てを勢いよくひっくり返して、色鉛筆をぬり絵の前にずらりと並べると、一つの色をこちょこちょと波線で塗ると、また次の色を取ってこちょこちょと塗るを繰り返して、余白を何色もで塗りつぶしてみせた。
で、それが人間の感情が全てにじみ出たような、なんともボワンとした見事な作品となった。
それに満足したハツコさんは、次からは全部その技法を使うようになった。
全ての作品の背景はザ・ハツコさんで仕上がっていった。
おかげで一枚塗る時間は5分伸びた。

そんなハツコさんの作品で、私が特に気に入ったのは、おもちゃのチャチャチャという歌をモチーフに描かれたフランス人形とキューピー人形だ。独特な背景によって浮かび上がったその2体は、今にも誰かに取り憑きそうで神秘的である。
もう一つは、野球少年がバットを持って、燃え上がる想念を今にも振りかざそうとしている、かの様に見える迫力ある作品である。



アサさん(93歳)
アサさんの集中力は凄い。
同じ事を永遠としていられる人だ。
新聞だって本だって同じ物を一日中読んでいられるし、パズルだって、テレビを観るだって同じことを一日中していられる。
なのでぬり絵だって一日中やってられる。はずなんだけど・・・
ぬり絵に使う集中力は何か違うようで、集中し過ぎて疲れてしまうのかもしれませんが、途中で色鉛筆の方に集中し始めてしまい、何本も色鉛筆を持って、
「これは赤やろ、これは黒、茶色、これは青やね〜」
と、色の名前を永遠言い続けてしまう。
そこで職員が
「その赤でここを塗ってみましょうか?」
と紙を渡すと、ようやくまた塗り始める。
少しの間はその集中力の凄さで丁寧に丁寧に色をそこに置いていくように塗って行く。
その作品はぬり絵の見本みたいな完璧さである。

アサさんの作品で私が特に気に入っているのは、市松模様の着物を羽織った歌舞伎絵である。
今流行の黒と緑を使って複雑な市松模様をこんなに綺麗に塗れるのは、この特養でアサさん唯一人だと思っている。


ただひたすらにマイペースで我が道を行く方々の作品を絶賛展示中でございます。



ー 同じテーブルで食事をしているこの3人のおばあさん達は一人ずつとても個性的です。
そこに生まれるドラマがあります。そのドラマと共に、ぼちぼちと紹介したいと思っていますー

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