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予想GUY

「大学は…ほう、啓央大学ですか。」
「はい! 経済学を専攻しております!」
聡明で、利発で、ひとつひとつの所作からも知性を感じられるその青年。的を得た簡潔な受け答え。自信に満ち溢れたスマートな微笑み。同年代の若い女性たちが放っておかないような、清潔感のある端正な顔立ち。サッカーで鍛え上げたという、スーツが似合う細身で筋肉質な肉体。非の打ち所がない青年が目の前に座っていた。
「出身は…都内ですか。どちらなんですか?」
「荻窪です」
面接官である私の心が少し躍った。
「荻窪! 懐かしい。前職で…小さい会社なんだけど、それが荻窪にあってねぇ。よくあの辺は飲み歩いたよ。『なぐら屋』とか聞いたことないかな?」
青年は、少し前のめりになって答えた。
「『なぐら屋』! もちろんです! 幼い頃、よく父と母に連れられてご飯を食べてました。今でも、お酒を呑みにふらっと入ったりしますが…あ、そうだ、よく大将から、ある子どもの話を聞いたりしませんでしたか?」"
「ああ! 確か、売り物のおでんを勝手に食べちゃった子どもがいたとか、よく話してたなぁ。その子曰く『自分のだと思った』と言ってたらしく。あれには、よく笑わせてもらったよ」
青年は、さわやかな笑みをこぼす。
「実はその子どもが私なんです(笑)。当時は、勝手に取って、食べていいものだと思ってまして…もちろん、今はやってないですよ(笑)。たまに大将にその話をされて…恥ずかしくってたまらないですよ」
青年は少し顔を赤らめて言った。
完璧だ! 完璧じゃないか! 一見隙がないように思えるが、少しお茶目な一面もあり、親しみも感じられる。しかも、嫌味も全くない。やはり、この子が本命か…
私は呼吸を整えようと、お茶に手を伸ばし、彼にも飲むようにすすめる。
2人はお茶をすする。少しの沈黙があったが、それでも、青年は終始にこやかだった。彼は静かに「ご馳走さまです」とつぶやいた。
面接にこの余裕。やはり彼が本命だ。私は意を決して、口を開いた。
「正直なことを話そう。何人かの学生と話をしてきたが、やはり君がずば抜けているよ。君が本命だ。きっと君なら、我が社を背負って立つ逸材になってくれると思う。君が良ければ、私たちと一緒に働かないか?」
私は頭を下げ、青年の方に手を伸ばす。ほんの数秒後に、手にはぬくもりが感じられた。
「もちろんです! こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします!」
彼を取れるかどうかにかかっていた。人事としてプレッシャーをかけられ、やっと肩の荷を下ろすことができた。
安堵した表情を悟られぬように努めたが、無理だった。思わず笑みがこぼれてしまう。
「本当にありがとう。心の底からうれしく思うよ。これからも末永くよろしく頼むよ」
「いえいえ恐縮です。こちらこそ、未熟者ですが、ご指導のほどよろしくお願いします」

応接室には、面接の重々しい雰囲気が去り、次第に和やかな空気になり始めていた。
彼には早々に内定を出すことになったが、我が社の面接の規定上、時間いっぱいまで続けなければいけなかった。
「一応…社内の規定でね、時間いっぱいまでは…」
私が躊躇いながら言いかけた言葉を彼は即座に理解してくれた。
「もちろんです! 引き続きよろしくお願いします」"
本当に理解力のある子だ。うちの会社には、もったいないくらいだ。いかんいかん…なんで私がネガティブになっているんだ。もう内定は承諾してもらっているからな。後は終了の5分前くらいに入社オリエンの案内を伝えれば…と。

それからのことは、正直なところ、あまりよく覚えていない。
「それじゃあ、○○君の趣味なんだけど…へぇ、サッカーに読書か。まさに文武両道といったった感じだね。本当に隙がないと言うか」
「いえいえ、そんなことは…一応、高校時代に、インターハイに出場しまして。今でも月一くらいでフットサルをしてますよ」
私は自然と遠い目をしていた。彼のような、さわやかな好青年がサッカーか…さぞかしモテたんだろうな…
「ポジションはどこだったの?」
「ボランチでした! それと…一応キャプテンでした」
私はまた声を上げて驚いた。
「まるで、絵に描いたような漫画の主人公じゃないか! 本当にナイスGUYだよ」
青年は、少し頬を赤らめた。
「そんなお言葉、自分にはもったいない限りです」
私は次の話題に移ろうと、エントリーシートの『趣味』の隣の欄に目をやった。
「ええと特技ね、そんなハイレベルな『趣味』のサッカーを超える特技か。…ん?」
「サッカーを超えるといわれると、ちょっと分からないですが…これが僕の特技ですね」
「禁煙? た、タバコ吸うんだ?」
「ええ、吸います、吸います。ちょくちょく辞めては、また吸い始めて…なかなか辞められなくて。だから、すぐまた禁煙するんですよ(笑)。だから特技は禁煙です!」
面接の終了後、私はこのエントリーシートを部長に提出しなければならない。そして、恐らく彼はこの面接が終わったら、地下の喫煙所に行くだろう。

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