触れられない距離
マッチングアプリで知り合った彼女。同級生で、同じ大学。さらに音楽の趣味まで共通していた。偶然が重なりすぎて、浅はかだと感じながらも、どこか運命めいたものを信じた。考えるより先に、指先が勝手に動いていた。
彼女の返信はいつも明るくて、温かかった。僕たちは毎日メッセージを交換した。他愛もない話、所属している部活動、好きなアーティスト、些細な日常。会ったことはなかったけれど、彼女と話す時間が心地よくて、気づけば彼女の言葉が僕の一部になっていた。
彼女は優しく、繊細だった。でも、一つだけ不思議なことがあった。彼女は電話が苦手らしい。何度か提案したけれど、いつもやんわりと断られた。でも、それでもよかった。液晶に映る文字だけで十分だった。あまりにも盲目だったのかもしれない。
僕は、恋をしていた。出会ったことも、声を聞いたこともない相手に。
ある日、大学のキャンパスで、彼女を見つけた。偶然だった。いや、必然だったのかもしれない。同じ大学、同じ場所にいるなら、いつかはすれ違うはずだった。
彼女は友人たちと楽しそうに話していた。でも、何かが違った。いや、気づいてしまった。彼女は一言も声を発していなかった。彼女の指先が、空中を舞うように動いていた。
僕は、その光景から目を逸らした。心臓が締め付けられたように縮こまる。全身を冷たいものが駆け抜けた。逃げるようにその場を立ち去った。
すぐにスマートフォンを取り出して、彼女とのメッセージを開く。そこにあった、温かかったはずの言葉たちが、急に冷たく、そして遠くに感じた。震える指を抑えながら、彼女の連絡先を消した。たったそれだけの操作が、世界を断ち切るには十分すぎた。
理由なんて、説明できない。ただ、怖かった。彼女の「現実」に触れるのが。自分の「現実」と向き合うのが。
あぁ神様は意地悪だ。僕たちは出会うはずがなかったのに、こんなにも惹かれ合ってしまった。
僕と彼女が付き合えるはずなんてない。
だって僕には、生まれつき両脚がないのだから。