歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲(ニコライ)
いらっしゃいませ。
ようこそ、CLASSIC BAR VERSTECKへ。
さて、"本日のオススメ"は、ニコライ作曲の『歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲』です。(数字は4-345・名曲解説全集第4巻P343)
オットー・ニコライ先生。1810年–1849年(38歳)の、ドイツの作曲家ですね。
ショパン先生、シューマン先生と同じ年の生まれです。
恐らく、ニコライ先生が歴史に名を残す最大のものは、ウィーン・フィルの創設なんだと思います。かの、ウィーン・フィルを作った人です。
そんなニコライ先生。
幼少の頃から音楽の才能を示したようで、音楽家であった父親に神童になるべく教育を受けたようです。それが嫌だったようで、16歳のころにはベルリンに行き、ツェルター先生の下で教会音楽を学びます。
20歳ころにはジングアカデミーに入団し、ツェルター先生の下で一緒に学んでおりニコライ先生の少し前に生まれたメンデルスゾーン先生とともに、大バッハ先生の『マタイ受難曲』の蘇演に参加しています。
24歳ころにはローマの礼拝堂のオルガニストに就任しました。
27歳ころには、ウィーンのケルントナートーア劇場の指揮者に就任。
31歳ころには、ウィーンの宮廷歌劇場(現在のウィーン国立歌劇場)の首席指揮者に就任。のちにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団になる「フィルハーモニー・コンサート」を発足。
33歳ころには交響曲第1番を発表し、成功を収めます。
38歳ころにはベルリン王立歌劇場の楽長になり、メンデルスゾーン先生の後任として大聖堂聖歌隊指揮者に就任。『ウィンザーの陽気な女房たち』の初演後、38歳で亡くなります。
ちなみに、メンデルスゾーン先生も、38歳で亡くなっています。
早くから高い能力を発揮していた方々は、早く亡くなるものなんですかね。
この2人のエピソードを聞いていると、170年くらい前の話ですが、なんだか感じるものがありますね。
歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」は、シェイクスピア先生の同名の喜劇を基にしたオペラ。シェイクスピア先生でも少ない方の喜劇を題材にしています。
本日の曲は、その序曲。
とても明るい、さわやかな曲です。
天気の良い日の昼下がりがよく似合います。
本日の音源は、claudio18721さんのチャンネルを視聴しながら書き進めてきました。ありがとうございます。
本日もご来店いただきまして誠にありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。
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