誰の言うことも聞かない人/中溝廉隆『巨人軍vs.落合博満』(文藝春秋、2024年)
落合博満のことを最初に認識したのはいつだっただろう。中日の頃に知っていた気もするし、もしかしたら巨人時代の落合が初めてだったのだろうか? ちなみに、wikipediaで調べると以下のようになっている。
右に書き足したのは、私の年齢である。たぶん、私が野球を一番見ていたのが、1996年とかその辺りだから、ギリギリでジャイアンツにいたくらいじゃないだろうか。ただ、それ以前にも、『燃えろプロ野球91』(だったか)というファミコンゲームをやっていて、それでは、中日に落合がいた。
それはともかく、落合という人は、ジャイアンツに入った時点で40歳と、もうすでに相当おじさんだった。そう書いてすぐに気づくことは、ジャイアンツに入った落合が、今の私と同じ年齢だったことだ。でも、当時の落合はすでに三冠王も取っており、ありとあらゆるタイトルを取っていた、もう生きながらにして伝説のような人物だっただろう。
私の中で、落合は、まだ現役の時からおじさんを通り越して、お爺さんみたいな雰囲気だった。独特のまったりした構えと打ち方を見て、なんとなくおおらかなイメージがあった。それで結果を出してきた。巨人に行ってからも、40歳で4番。本当にすごい。
本書を書店で見つけ、すぐに中身も見ずに買った。著者の中溝康隆さんは以前にも『プロ野球死亡遊戯』を読んだことがあり、面白い書き手だと常々思っていたし、何よりも、落合は、数年前に鈴木忠平『嫌われた監督』というノンフィクションを読んで以来、常に気になる存在だった。
もうすでにレジェンドだったから、ということだけでなく、落合はとにかく人の言うことを全然聞かない。自分のやり方(いわゆる「オレ流」)しか信じていない。そこがとてもかっこよかった。本書で、落合を巨人に読んできた監督、長嶋茂雄のことは憧れの存在だったらしいが、それでも言うことを聞いているというよりも、どちらかというと監督の長嶋の方が、落合の言うことを聞いている感じがする。
キャンプにもすぐには参加せず、自分で調整をしてから参加したりする。選手でいながらにして、半分監督のような雰囲気で、いつも超然として見える。感情もあまり表に出さない。彼に比べると、原やほかの選手たちは、軍隊の中の1人という感じがする。落合だって1人の兵隊にすぎないようなものだが、この人は自分て自分の軍団を指揮しているようなところがある。
本書のタイトルはとても面白い。『落合vs.巨人軍』。このタイトルなのに、本書は落合が巨人軍にいた時代を描いている。つまり、落合は自分のチームの人間からも攻撃されていた。OBや評論家、皆がこんな年寄りに高い金を出してFAで獲得した落合を疑問視していた。それに対して、度重なる怪我に苦しみながらも、落合は周りに確実に影響を与えていく。
帯に書いてある通り、原辰徳、松井秀喜、清原和博、とこの時期の落合には色々な人が絡んでいる。落合が巨人を辞める前には、ヤクルトからハウエルと広沢まで巨人は獲得した。さらにマックというバッターもいた。確かその後には、広島の江藤なども獲得して、巨人は4番ばっかり並べていると批判的に言われていたことを今でも覚えている。
落合が巨人にFA移籍する前、巨人軍の4番は原辰徳だった。その後も巨人の監督として有名だが、巨人といえば原というイメージがあるが、この当時の原は苦しんでいた。最終的に代打として長嶋一茂や吉村を送られ、憤然としながら引退していく原の様子が本書で描かれている。
原は、落合に4番の座を奪われる。本書の帯には「vs.原辰徳」と書かれているが、特に落合の側はそんなに原のことを意識していたり、ライバルとしてばちばちやっていたという感じはしない。むしろ、落合を重用するチームに、原が苛立っていた描写が多い。
松井秀喜も同様だ。まだ1993年にドラフト1位で巨人に加入したばかりの松井はまだ4番を打っていなかった。その時に4番にいたのは落合で、むしろ、松井に、早くお前が4番を張れるようになれ、というような声をかけていた。このように、落合はむしろチームの中で、ピッチャーが動揺した時にマウンドに歩み寄ったり、若手にアドバイスを送ることもあったようだ。清原もまた、西武にいた時代から、他チームながら落合を信頼し、尊敬している人物だった。
本書は、フロントや評論家、メディアや巨人OBなどに叩かれまくって、怪我に泣かされながらも、最後は清原獲得の裏で自由契約となり、退団していく落合の様子を描いている。この後、落合は日本ハムに行ったはずだが、個人的にはその時代の様子も読みたかった。現役の巨人時代は本書で、引退後の中日監督時代は『嫌われた監督』である程度カバーできる。日本ハム時代の落合について、本書のような本が読みたい。
私は、とにかく、こういう一匹狼ものに弱い。こういう癖のある人に興味を持つと、なかなか原や松井に興味が持てない。清原はまた別の癖がある気がするが、しかし、選手同士、組織としても村社会のような野球界の中で、落合は異様なほど個人主義的な面があった。そこに魅力を感じて、つい、落合の名前があると本を買ってしまう。
何となくだが、そういう人は今後現れないような気がする。それでも、一組織の人間でありながら、自分の意志を強く持ち、それで結果も出してきた落合に、どこか憧れる気持ちが常にあるし、どんなに伝説になろうとも、常に孤独そうな人物像にも、好ましいものを感じてしまう。