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悪、次から次へと/森功『魔窟 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』(東洋経済、2024年)

 2025年、最初に読み終わった本がこれでいいのだろうか。年末に書店で思わず手に取り、その強度のある装幀に惹かれ購入し読了した。著者の森功は60代のノンフィクション作家で、これまでにも、『鬼才 伝説の編集人齋藤十一』『国商 最後のフィクサー葛西敬之』を読んだことがあった。この2冊がめっぽう面白かったので、今回もほぼ迷わず買い、年末年始に暇を見つけて読んでいた。装幀からは、内容のゴテゴテした感じ、スキャンダラスな感じ、甘い蜜に群がるいかがわしい有象無象の感じが伝わってくる。しかし、やはり年末年始とはなんとも食い合わせの悪い本だった。

 とにかく酷い。職業がら大学に関わる人との付き合いがやや多く、大学への色々な思いや愚痴のようなものを聞く機会も少なくはないが、ここまでの組織は他にあるのだろうか……。本書を読む限り、一言で言うともうめちゃくちゃなのだ。本書には、教育の「きょ」の字も出てこない。あるのは、多数の系列校を抱え、学部を次々に増設したマンモス校、そのスケールメリットに引き寄せられ、ビジネス目当てに近づいてくる有象無象の姿だ。

 田中英壽という日大の権力の中心に長くいた男の話が本書の中心になるのだが、それがまた面白い。日大相撲部で学生横綱にまでなったが、学生運動の時代に左派を潰していた時代から始まり、右派や反社会的勢力との繋がりを維持しつつ、その後、日大という組織の中でのし上がり、学内を様々な手で掌握し、JOCのオリンピック誘致や、加計学園などの学部新設、許永中や菅義偉、亀井静香、安倍人脈まで繋がってきて、林真理子の理事長就任、アメフトタックル事件、大麻事件までに発展して、田中の死、そしてその後のガバナンスのグダグダを経て、田中の息のかかった腐敗した人脈をなかなか解消できずに、大麻事件の対応も最悪の結果を呼び、助成金は打ち切られ、入試の受験者数が激減して今に至る、という凄まじい話である。

 きっとNetflixでドラマや映画にすると売れるだろうなと思いながら、あまりの欲望の連鎖に面白くもうんざりしながら読んだ、組織というのはここまで腐敗するのか。林真理子が理事長に就任した時に、精神科医の和田秀樹が常務理事に就任していたこと(のちに退任)、また、田中英壽の妻は「女帝」と呼ばれ、阿佐ヶ谷に「ちゃんこ鍋たなか」という店をきりもりしており、そこに日大の有力な職員や相撲部の人たちが来て、ある種腐敗の温床になっていたのだが、最終的に2021年に家宅捜索されたとき、店から2億円もの現金が出てきたなど、知らなかったこと、衝撃的な事実も書かれていた。

 大学も会社なので、もちろん講義や教員と学生の関わりだけでできているものではないことくらい、私にもわかる。それにしても、日大という巨大組織だけに、利益も半端なく、それゆえ様々な人間が集まってくる。反社会的勢力の人々は出所後に日大系列の病院に入院することができた。また、学部内に置かれる自動販売機一つとっても、その数や利益が尋常じゃなく、それらに関しても業者との癒着が甚だしい。また系列の病院の建設などをめぐっても汚職の嵐。日大を長期にわたって支配してきた田中英壽は、学生横綱まで行き、角界入りも有望視された人だった。その後、日大という組織にどっぷり浸かり、というかその腐敗しきった体制を作り上げた一方で、日大相撲部の指導を行い、琴光喜、舞の海など、数々の名力士を輩出してもいた。

 森功は権力者を描くのが上手い。その周りに有象無象が渦巻いて、ドロドロしている。「人間らしい」という表現は安易かもしれないが、人間の一つの側面を強調して描いていると言える。ここで描かれる、他人を支配したいという欲望は凄まじい。本人も周りも、権力の力に絡め取られていく。これまで読んできた森の書籍は、どれもそうした組織の中枢にいて、アンタッチャブルなまでに力を持っていたダークな人物を描いていた。組織というものが、そもそも本質的にそうした力を必要としているのかもしれないとさえ思う。

 一連の不祥事以後に理事長に就任した林真理子は、本書を読む限り、そうした日大の膿を出そうと試みてはいたが、やはりそうした組織に長くいた人間とは違うので、それまでの日大の人事のニュアンスなどがわからない。そうした情報が必要なので、なんらかのポストにこれまでの日大のことに精通している人を配置しようとするとその度に、田中英壽の影響を何かしら受けている人物が権力を持ってしまうというジレンマにも陥っていた。本書はそこまで触れてはいないが、林真理子もまた、結果としてそうした組織の渦のような権力の力学に足を救われていると言えるのだろう。

 こうした社会の闇みたいなもの、それは、何かしらあらゆる組織にあるのだろう。日大は、年間100億円以上の助成金を得ていた。それは大学の中でも三本の指に入る金額だ。それが一連の不祥事で交付されなくなった。経営への打撃は明らかだ。一方で、他にも同規模の補助金を受けている大学はある。早稲田や慶應もほぼ同規模の助成金を受けている。これらの大学がというわけではないが、大学というビジネスでは、あまりに大きなお金が動いている。よほどのしっかりとしたガバナンスが効いていない限り、日大のように癒着体質に陥ったり、何か大きな利益誘導につながる可能性もあるだろう。

 森功の書くものは、一冊読むとお腹いっぱいになってしまい、しばらくはもういいやと思ってしまうくらい内容が濃い。それは当然ながら書籍からの情報だけではなく、記者会見や、実際に関係者へと綿密な取材をなどの成果であり、こうした本を作るのにかかる手間はすごいだろうと推測する。そのおかげで、私たちはこうした社会の闇を垣間見ることができる。正月早々すごいものを読んでしまった。



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