#5 インドのデジタル遺言アプリ「Yellow」の創業者インタビュー
インドのDigital Succession Solutions Pvt Ltd.は、デジタル遺言アプリ「Yellow」を運営しているバンガロールのスタートアップである。創業は2021年9月で、2022年11月にプロダクトをローンチしたばかりだ。(参考リンク)
参考:Yellowについての紹介ビデオ(公式Youtubeより)
今回、筆者は創業者のお二人にお時間をいただき、創業ストーリーとこのサービスの想定ターゲット、想定している使い方などについてお話をお伺いした。
遺言をもっと一般的なものにすることがインド人にとって必要だ 〜創業を決意したきっかけ〜
起業する前は大手の会計事務所で会計士かつエステートプランナー(財産設計管理者)だったというCDO(Chief Domain Officer)のVargheseさんは、仕事の中で富裕層に事業や財産の継承についてのアドバイスをしていたという。
Vargheseさんは、こう語る。
仕事の中で「遺言を残す」ということの重要性と、一方で会計士の助けを借りるなどして自力でそれを実行できる人は限られていることに気づいたというわけである。
そもそもインドでは、法的に有効な遺言が残されないことや情報の不備などが理由で、引き取り手のない資産が200億USドル(2.7兆円相当)もあるという。
アメリカで15年以上働いていたというCEOのVemulkarさんは、このような引き取り手のない資産が多く発生しているのは、インドでは、家族とお金のことをあまり話したがらないという文化があることも関係しているのではないかと分析する。
また彼はこうも語っていた。
CDOのVargheseさんに加え、CEOのVemulkarさんも「潜在的に遺言作成を必要としているもっと大きな市場セグメントに対して、このサービスは本当に有益だ」ということを熱く語ってくださり、お二人ともが、心からこのサービスの重要性を信じていることがとてもよく伝わってきた。
このような背景のもと、CDOのVargheseさんが会計士かつエステートプランナー(財産設計管理者)だったため、彼の知識と専門性を活用して事業を立ち上げたという。
簡単に使えて、かつ信頼してもらえるアプリに 〜アプリ開発に当たって大切にしたこと〜
ローンチされたばかりの「Yellow」のアプリを筆者もインストールをして使ってみた。
アプリの構成はシンプルだ。以下の7つのカテゴリに指示された通りに入力していく。
Personal Details(個人に関する詳細)
My People(遺産に関わる人)
My Estate(自分の資産)
Asset Distribution(資産の分配)
Will Executor(遺言の実行者)
My Guardians(自分がいなくなった場合の未成年者の保護者)
My Witness(遺言の証人)
外国人(日本人)である筆者の視点から見てもアプリは使いやすく、デザイン含めてとても洗練された印象だ。
ステップが7つに分けられてはいるものの、必ずしも順を追って入力する必要はなく、できるところから入力できるようになっている。
参考:Yellowの使い方のビデオ(公式Youtubeより)
CEOのVemulkarさんはこう語る。
CDOのVargheseさんも「直感的な理解」を強調する。
「遺言」というのは一般的には重いテーマであり、そのテーマについて考えること、また遺言を残すこと自体が難しいことのように思えてしまうだろう。
ただ、このアプリは「アプリのガイド通りに」「できるところから」入力すれば良い。
加えて、インターフェースのデザインが洗練されているということもあり、難しく考える必要がないだけではなく、使い始める際の精神的な負荷も少なく気楽に使えるアプリになっているように感じる。
CEOのVemulkarさんに「アプリを作る際にもっとも重要視したこと」をお伺いした際、まず真っ先に「信頼できるものであること」という答えが返ってきた。
CDOのVargheseさんも以下のように続けた。
アプリへの入力が終わったら、2,499ルピーを支払うと、入力したものが法的に有効なドキュメントとなる。
その後、何度更新しても、最初の数千人の初期ユーザーには追加料金はかからない。更新があったとしても、その費用は初期費用の数分の一程度だ。
CEOのVemulkarさんは、更新の頻度について「少なくとも1年に1回は見直すことをお勧めしたい」と語る。
また将来的には、各種アカウント等を紐づけておき、変更点があればアプリに連携されユーザがアップデートの可否を判断する、という形にしたいとのことである。
若い人にこそ使って欲しい 〜ターゲットについての考え方〜
ターゲットについては、35-60歳くらいを想定しているという。
まず下限が35歳〜なのは、一般的に結婚し子どもを持つことが多い年齢だからだそうだ。
CDOのVargheseさんはこう語る。
また上限が60歳なのは、「今のインドではそのくらいの年齢層まではデジタルを苦なく使えるため」とのことだった。
ただ、「デジタルとの親和性」という話はわかるにせよ、35-60歳というのは、遺言のことを考える年齢としては若いようにも思える。
一般的に「遺言のことを考えよう」となるのは、少なくとも日本では50代以降であることが多数派ではないだろうか。
この質問に対しては、CDOのVargheseさんは「インドでも状況は全く同じ」と答えつつ、「でもそれは正しくないと思います」と続けた。
Yellowには、ユーザを啓蒙するコンテンツを作るチームもあると言う。「遺言について早くから考える/残す」という考え方とセットで、このサービスを広げていくことになるのだろう。
下記はYellowのInstagram投稿の一例である。
「信頼」のために、UI/UXデザインにこだわりを持つスタートアップ 〜筆者の所感〜
筆者が「Yellow」を知ったのは、「Bengaluru Tech Summit」というインド最大のテックサミットである。
数多くのスタートアップがブースを出す中、ひときわロゴやのぼり、掲示物などのセンスの良さが光るブースが目にとまり、「スタートアップにしては、とても洗練されたデザインだなあ」と思い、思わず話しかけたのが彼らだった。
しかし、創業者の方々のお話をお伺いして、またアプリを使ってみて、わかったことがある。
彼らのプロダクトデザインは表面的に「デザインのセンスが良い」「見やすい」だけではない。
ユーザがYellowを信頼して気持ちよく簡単に使えることを志向し、UXにこだわった結果としての心地よいUIなのである。
加えて、そのレベルが高いUXをアプリのローンチ時から志向していることが素晴らしいと感じた。
遺言を扱うというサービスの特性上、「ユーザから信頼してもらうこと」の重要度が高いことは理解できる。一方で、スタートアップにおいては、荒削りでもまずプロダクトをローンチし、徐々に改善していくという方法がとられることが多い。
しかし、そんな中にあっても、Yellowはローンチ時からレベルの高いUXを提供することにこだわっていた。
特に、CDOのVargheseさんの「Yellowは信頼をベースとしたアプリなので、0日目(使い始めた瞬間)のユーザ体験から完全に成熟していなければいけない」というご発言からは、Yellowを使う全てのユーザからの信頼獲得を目指す姿勢と、そのためのUXへのこだわりが伺える。
彼らはまだ創業して1年のスタートアップである。今後どのような展開を見せるのだろうか。これからの更なる進化に注目である。
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