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#5 インドのデジタル遺言アプリ「Yellow」の創業者インタビュー

インドのDigital Succession Solutions Pvt Ltd.は、デジタル遺言アプリ「Yellow」を運営しているバンガロールのスタートアップである。創業は2021年9月で、2022年11月にプロダクトをローンチしたばかりだ。(参考リンク

参考:Yellowについての紹介ビデオ(公式Youtubeより)


今回、筆者は創業者のお二人にお時間をいただき、創業ストーリーとこのサービスの想定ターゲット、想定している使い方などについてお話をお伺いした。

【弊社紹介】
弊社(株式会社hoppin)はUXコンサルティング事業、および中国・インドのUXリサーチ事業を行う企業である。参考:会社サイト
後者について、具体的には、中国・インドの優れたUXを提供するサービスを、現地ユーザやサービス提供企業の役職者へのインタビュー調査を通して分析し、日本企業への示唆を出している。
また筆者の滝沢は上海に2回居住したことがあり、2022年現在はインドのバンガロールに居住している。参考:筆者執筆のYahoo!ニュース



遺言をもっと一般的なものにすることがインド人にとって必要だ 〜創業を決意したきっかけ〜

CEOのVemulkarさん(写真左)とCDOのVargheseさん(写真右)
(筆者撮影)


起業する前は大手の会計事務所で会計士かつエステートプランナー(財産設計管理者)だったというCDO(Chief Domain Officer)のVargheseさんは、仕事の中で富裕層に事業や財産の継承についてのアドバイスをしていたという。
Vargheseさんは、こう語る。

" 仕事の中で、財産の継承に関するサービスを受けられる人は一部だと気づきました。そこまで裕福ではない中間層の方々は、普通は会計士や弁護士に相談したりする機会はないですし、そもそもそのようなサービスにあまり金額も出さないかもしれません。
でも、これは富裕層だけでなく、この国のすべての人にとって非常に重要なことなのです。(中略)
そのため、私たちは、デジタルで、しかも手頃な価格で、直感的に、安全にそのようなサービスをできるようにしようとしたのです。
このアプリは、国全体にとって非常に重要なものである、という仮説のもとに会社を設立しました。"


仕事の中で「遺言を残す」ということの重要性と、一方で会計士の助けを借りるなどして自力でそれを実行できる人は限られていることに気づいたというわけである。

そもそもインドでは、法的に有効な遺言が残されないことや情報の不備などが理由で、引き取り手のない資産が200億USドル(2.7兆円相当)もあるという。

アメリカで15年以上働いていたというCEOのVemulkarさんは、このような引き取り手のない資産が多く発生しているのは、インドでは、家族とお金のことをあまり話したがらないという文化があることも関係しているのではないかと分析する。

また彼はこうも語っていた。

" 遺産分割協議は弁護士が関与するプロセスであり、多額の費用がかかるもの、複雑で多くの事務処理が必要なもの、などと考えています。しかし、それらはほとんど事実ではありません。実は、遺言は自分で作れるものなのです。それが、自分の資産を守るためのツールとして、「Yellow」を立ち上げた意図なのです。"

CDOのVargheseさんに加え、CEOのVemulkarさんも「潜在的に遺言作成を必要としているもっと大きな市場セグメントに対して、このサービスは本当に有益だ」ということを熱く語ってくださり、お二人ともが、心からこのサービスの重要性を信じていることがとてもよく伝わってきた。

このような背景のもと、CDOのVargheseさんが会計士かつエステートプランナー(財産設計管理者)だったため、彼の知識と専門性を活用して事業を立ち上げたという。



簡単に使えて、かつ信頼してもらえるアプリに 〜アプリ開発に当たって大切にしたこと〜

ローンチされたばかりの「Yellow」のアプリを筆者もインストールをして使ってみた。

アプリのイメージ
出典:公式サイト

アプリの構成はシンプルだ。以下の7つのカテゴリに指示された通りに入力していく。

  1. Personal Details(個人に関する詳細)

  2. My People(遺産に関わる人)

  3. My Estate(自分の資産)

  4. Asset Distribution(資産の分配)

  5. Will Executor(遺言の実行者)

  6. My Guardians(自分がいなくなった場合の未成年者の保護者)

  7. My Witness(遺言の証人)

外国人(日本人)である筆者の視点から見てもアプリは使いやすく、デザイン含めてとても洗練された印象だ。
ステップが7つに分けられてはいるものの、必ずしも順を追って入力する必要はなく、できるところから入力できるようになっている。

参考:Yellowの使い方のビデオ(公式Youtubeより)


CEOのVemulkarさんはこう語る。

" 一般の方が自分で遺言書を作れるようなアプリになっています。非常に直感的に使えるようになっていますし、平易な言葉が使われています。すべてのセクションには、利用文脈に応じたヘルプが用意されています。"

CDOのVargheseさんも「直感的な理解」を強調する。

" 現在のような状態のアプリを開発するために、1年近くかかりました。
600人以上の潜在的なユーザーを対象にリサーチを行い、アプリを快適に使ってもらうために、直感的に理解しやすいようにしました。"

「遺言」というのは一般的には重いテーマであり、そのテーマについて考えること、また遺言を残すこと自体が難しいことのように思えてしまうだろう。
ただ、このアプリは「アプリのガイド通りに」「できるところから」入力すれば良い。

加えて、インターフェースのデザインが洗練されているということもあり、難しく考える必要がないだけではなく、使い始める際の精神的な負荷も少なく気楽に使えるアプリになっているように感じる。

CEOのVemulkarさん(筆者撮影)

CEOのVemulkarさんに「アプリを作る際にもっとも重要視したこと」をお伺いした際、まず真っ先に「信頼できるものであること」という答えが返ってきた。

CDOのVargheseさんも以下のように続けた。

" Yellowは信頼をベースとしたアプリなので、0日目(使い始めた瞬間)のユーザ体験から完全に成熟していなければいけません
改良、改良、改良を重ね、良い体験になっていることが確信できたところで公開をしました。ですから、まだまだ改良したい点はありますが、現段階では、誰もが信頼できるものになっています。"



アプリへの入力が終わったら、2,499ルピーを支払うと、入力したものが法的に有効なドキュメントとなる。
その後、何度更新しても、最初の数千人の初期ユーザーには追加料金はかからない。更新があったとしても、その費用は初期費用の数分の一程度だ。

CEOのVemulkarさんは、更新の頻度について「少なくとも1年に1回は見直すことをお勧めしたい」と語る。
また将来的には、各種アカウント等を紐づけておき、変更点があればアプリに連携されユーザがアップデートの可否を判断する、という形にしたいとのことである。



若い人にこそ使って欲しい 〜ターゲットについての考え方〜

ターゲットについては、35-60歳くらいを想定しているという。
まず下限が35歳〜なのは、一般的に結婚し子どもを持つことが多い年齢だからだそうだ。

CDOのVargheseさんはこう語る。

" この時期(結婚して子どもができたタイミング)に遺言作成の必要性を感じてほしいのです。(中略)自分がいなくなった時に家族が悲惨な状態に陥らないように、そして、その人が望まない状態に陥らないように、資産を確実に保護する必要があるのです。(中略)
個人として家族に対する責任があるのなら、家族が自分の資産を把握するのに苦労する状況を作るのではなく家族が自分の資産にアクセスできるようにする必要がある」ということを言いたいです。だから、35歳という年齢なのです。"

また上限が60歳なのは、「今のインドではそのくらいの年齢層まではデジタルを苦なく使えるため」とのことだった。

CDOのVargheseさん(筆者撮影)

ただ、「デジタルとの親和性」という話はわかるにせよ、35-60歳というのは、遺言のことを考える年齢としては若いようにも思える
一般的に「遺言のことを考えよう」となるのは、少なくとも日本では50代以降であることが多数派ではないだろうか。

この質問に対しては、CDOのVargheseさんは「インドでも状況は全く同じ」と答えつつ、「でもそれは正しくないと思います」と続けた。

" 遺言を残すことは、生命保険と同じようなものです。60歳になってから生命保険に加入することはないでしょう。家族を守るために、若いうちに生命保険に加入するのです。資産をどのように引き継ぐかという富の計画は、人生に沿ったものであるべきです。"

Yellowには、ユーザを啓蒙するコンテンツを作るチームもあると言う。「遺言について早くから考える/残す」という考え方とセットで、このサービスを広げていくことになるのだろう。
下記はYellowのInstagram投稿の一例である。



「信頼」のために、UI/UXデザインにこだわりを持つスタートアップ 〜筆者の所感〜

筆者が「Yellow」を知ったのは、「Bengaluru Tech Summit」というインド最大のテックサミットである。

数多くのスタートアップがブースを出す中、ひときわロゴやのぼり、掲示物などのセンスの良さが光るブースが目にとまり、「スタートアップにしては、とても洗練されたデザインだなあ」と思い、思わず話しかけたのが彼らだった。

しかし、創業者の方々のお話をお伺いして、またアプリを使ってみて、わかったことがある。
彼らのプロダクトデザインは表面的に「デザインのセンスが良い」「見やすい」だけではない。
ユーザがYellowを信頼して気持ちよく簡単に使えることを志向し、UXにこだわった結果としての心地よいUIなのである。

オフィスの写真(筆者撮影)

加えて、そのレベルが高いUXをアプリのローンチ時から志向していることが素晴らしいと感じた。

遺言を扱うというサービスの特性上、「ユーザから信頼してもらうこと」の重要度が高いことは理解できる。一方で、スタートアップにおいては、荒削りでもまずプロダクトをローンチし、徐々に改善していくという方法がとられることが多い。

しかし、そんな中にあっても、Yellowはローンチ時からレベルの高いUXを提供することにこだわっていた

特に、CDOのVargheseさんの「Yellowは信頼をベースとしたアプリなので、0日目(使い始めた瞬間)のユーザ体験から完全に成熟していなければいけない」というご発言からは、Yellowを使う全てのユーザからの信頼獲得を目指す姿勢と、そのためのUXへのこだわりが伺える。


彼らはまだ創業して1年のスタートアップである。今後どのような展開を見せるのだろうか。これからの更なる進化に注目である。

今回インタビューをコーディネートしてくださった法人営業ヘッドのRameshさんとの写真
(社員さんに撮影していただきました)



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たきさん(滝沢頼子)@株式会社hoppin CEO
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