ブランコ

雨の日。ビニル傘を忘れた私は少し憂鬱だ。細い銀色のワイヤーにビニルがピンと張られ、傘越しに空が覗く。通り雨の風物詩、季節外れの季語。パツ、パタと雨粒が眼の前で弾ける。濡れた傘越しに見やると、無機質なビルがぐにゃりと歪んで、土の匂いがする。ビニル傘があれば、雨の日は別の街への旅になるのに。

仕方なく、折りたたみ傘を取りだした。折りたたみの、必要ではないが、たしかにそこにあると安心するといった曖昧な優しさが私はすきだ。問題は色なのである。私の持っているのは絵の具で塗りつけたような水色。不健康なまでのはっきりとした色に、すこし胸やけする。

夜が深まって、くぐもったラベンダーの空からぽつぽつ雫が落ちる。木の葉の影を落とすと、少し色がまどろんだようで、傘を袋から取りだした。

水色の折りたたみを開いて雨粒の音を聴いた。傘布越しに街灯がぼわりとした揺らめきを見せる。プラスチックの持ち手をくるくるまわすと、雨粒が光のようにきらきら、きらきら輝いて、妖精の粉がかけられたよう。しばらく眺めると目がちかちかしてたまらなくなって、走って走って走って、腕を振り上げ風のかたまりに傘をかぶせると、体が持ち上がった。傘をひらいて、とじてを繰り返すと、ふわん、ふわんとのぼっていく。街灯の上に降りたった。

ほんの少し前は傘の青さに憂鬱だったのに、今は街灯の上でくるくる、雫を散らせている。不思議な気持ちに鼻唄をうたう。ひとやすみしたら、月までいこうか。月のような まあるいバタークッキーを、月のへりに腰かけて、星屑を掬って食べたらどんなにおいしいだろう。

目を閉じれば、バターの甘い香りが鼻をくすぐり、星屑の重なる音が聴こえてくるようで、

おなかがすいて家に帰った。

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