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時計(ランダムワード小説)
いつの間にか日が傾いて、影がゆっくりと薄く伸びていた。僕はひとり、公園のベンチでひたすらループし続けるEDMを聴いていた。
子どもたちが帰っていく。ボールを取ってあげた子が手を振ってくれる。
公園の隅に不審な女が現れて、草むらにしゃがみこんだ。野良猫たちに餌をあげている。猫は警戒する様子もなく、感謝する素振りもなく、なんだか義務的な顔つきで餌を食らっている。
公園の真ん中には、高いポールが立っている。その先には時計が付いていた。時刻は2時を指している。昼の2時か、夜の2時かはわからない。5時を過ぎていたから、止まっているのだろう。それでも日が傾けば、子どもたちは帰っていくし、猫たちは餌やりのもとに集まってくる。
ポールの影だけが正確な日時計のようにまっすぐ乾いた真砂土にラインを引いていた。
僕にはもう何もなかった。
絶望もないかわりに希望もなかった。
責任もないかわりに役割もなかった。
孤独や自由はあったけど、そんなものあってもなくても命の重さは1ミリも変わらない。
手に持った缶コーヒーは、ホットだったことも忘れてしまうくらい冷え切っていて、握るとやけに固く感じた。
一匹の満腹の猫が近づいてきて、音もなくベンチに飛び乗り、僕の隣に座った。彼女(僕のそばに寄ってくるややこしいのはたいがい女だ)は甘えるわけではなく、ただ自分の習慣としてそこに丸まった。退けというわけでもなく。
僕は思い出したように腕にはめた時計を見た。さっきまで5時を過ぎたころだったのに、もう7時になろうとしていた。何組かの犬の散歩が行き過ぎ、中学生のカップルがしばらくいたけれど、もういない。腕時計だけが正確に時を刻んでいたが、そのことに強烈な違和感を覚えた。
いや、不快感。ストレス。卑屈なくらいの。
もはや時を正確に刻む必要もなければ、正確な時刻を知る必要もないのだ。
すっかり暗くなった公園と、煌々と照る街灯と、月明かりが薄く透ける雲と、遠くで聞こえるサイレンと、あとは静かで動くものもなく、このまま溶けて消えてしまっても誰にも気づかれない。
いや、このまま僕が生まれ変わっても。
このままであっても。