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交差点(ランダムワード小説)

南森町の交差点、スーパーマーケットの前に並んだ自転車のうちの一つに、腰掛けて女は笑っていた。誰がどう見ても、女は自分の自転車に乗っているように見えただろうが、その自転車は女のものではなかった。ただ座れる何かが欲しかっただけだ。
そして、女はきっと耳に刺さったイヤホンを通じて、仲のいい女友だちかラブラブの彼氏と長電話に興じているのだろうと思われたが、右耳にも左耳にもそんなもの突っ込まれていなかった。女はただ深夜の交差点で妄言を喚いて、そのあまりの下らなさに自ら嘲笑していただけだ。
交差点で信号が変わるたびに車が行き交い、南北もしくは東西の横断歩道に、歩行者やら自転車やらループやらが通り過ぎていった。角のビルの上層階には煌煌と明かりがついていた。それはラジオ局のブースのはずで、そこで名も知らないDJが好きなことを言い、好きな曲をかけているはずだった。実際は台本やスポンサーや決めごとがあるのだが、ラジオDJはいつでも自由にみえる(聴こえる)。
近くの電気のボックスでは、サラリーマンがハイボール缶で酒盛りをしている。ようやく夜の気温が下がってきて、亜熱帯らしい風景がみられた。楽しそうに上司や会社の愚痴を言い合っている。ただ本当は愛を囁き合い、このあと行われる激しい交わりに向けて気持ちを高め合っているのに誰も気づいていない。ハイボール缶に見えて、それはエナジードリンクだったのに気づく者はいない。
小学四年生くらいの子どもが塾帰りに歩いていく。スマホで動画を観ながら、器用に人や自転車を避けて。こんな小さな子どもまでもが、とすれ違いざまに大人たちは思ったが、小さいだけでどうせ数年経てば誰もが同じようになるのだ。今注意して諌めたところで、それに真っ当な意味も説得力もありゃしない。
タクシーが客を乗せて交差点を曲がる。客は寝ているから、もうさっきからずっとこの辺りをぐるぐる回っているのだ。メーターをぐるぐる回しているのだ。
ビルの隙間で野良猫が与えられたキャットフードを食べていた。毎晩のように、生きがいのように、どこかの老婆がそれを足繁く置きに来るが、実は似たような人間が3人いて、実は野良猫も3交代制で食べていることに誰も気づいていない。
交差点の風景なんて、結局はみんな嘘まみれ。通り過ぎていく人たちが見たものは、ぜんぶ間違いだらけ。そもそも正しさなんて、求められてもないし。

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