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(小説)宝石箱

灰の中に、ルビー、サファイア、ガーネット。ああ、まだ消化できていなかったんだな。


「ごめんなさい……」
「レニ、謝らなくていい、こんな所に置いていた俺が悪かった」
俺は泣き止まない少女を前に困り果てていた。いや、これを少女と呼んでいいのだろうか。

こいつは所謂亜人と言うやつで、とはいえ特徴としては“何でも食べられる”、それだけだった。俺に少女を預けると言った知人は、その後姿を眩ませた。もう二度と顔を見せることは無いだろう。亜人であるとは言われず預けられたため、初めはただ食いしん坊な少女を預けられたな、と思っただけだった。

ある日のディナーで、デザートを食べた後にフォークをバキバキと音を立て食べ始めたところで初めて彼女が亜人だと気付いた。それまで気付かないとは、俺も随分鈍いな、と思う。

この国では亜人を囲うのは禁止されている。見つかれば重い刑が下され、亜人は直ぐに始末される。俺のような貴族の端くれでも、亜人を囲っていたと知れたら立場はない。

今日の彼女のおやつは、俺の仕事部屋の鍵だった。見つからないので彼女に聞いたら、鍵のようなものを食べてしまったと言う。
「大事なものだった……?」と聞かれたので、そうだな……と答えたら彼女はボロボロと泣き始めてしまったという訳だ。

俺もあの部屋に入れないとなるとそれなりに困る。幸い急ぎの仕事はないが、これは早いうちに鍵師を呼ばなければならないな、とぼんやり考えていた。

それから根気強く慰めてようやく泣き止んだので、早速鍵師に電話をしようとしたところで客人があった。同じく地方貴族のブローベル氏だった。

「いやはや、リヒトさんにあんなに可愛らしい娘さんがいらっしゃるとは、存じ上げませんでしたな」
「からかうのはよしてください。知人から預かっているだけです」
ブローベル氏は目利きができるが姑息な手を使うことで有名だ。どうやら俺の持つ指輪に興味があるらしく、以前から度々この館に訪れている。
「何度も言っていますが、あの指輪は祖母から受け継いだ大切なものです。貴方に売ることはできない」
「はは、そうですか」
ブローベル氏は不敵な笑みを浮かべた。
「なんでしょう?」
「……あの少女、亜人でしょう」
なぜ分かったんだ?あの種の亜人は、普通見た目では人間と区別することは出来ないと言われている。
「図星という顔ですな」
「そんな訳がないでしょう、この国では亜人を囲うのは禁止されています」
「隠さなくていいですよ。貴方のように隠して亜人を飼い慣らす貴族は多くいますから。……あの種の亜人はね、歯が違うんですよ」
「歯?」
うっかり返答してしまった。ブローベル氏は愉快そうに喋り続ける。
「なんでも食べてしまうというと、なんでも噛み砕くことが出来るわけだ。だから歯がとにかく発達しているんですよ」
「…………何が言いたいんですか」
「……売れば高くなりますよ。歯は宝石として扱われ、爪は良薬になると言われています。胃腸も、皮も全て余すことなく需要があるんですよ」
頭に血が上っていくのがわかる。
「亜人をなんだと思っているんだ」
「貴方こそ亜人をなんだと思っておられるのかな?」
ブローベル氏は笑うのをやめた。
「まさか人と同じように考えているのではないだろうね。あれは化け物だ。家畜以下だ。その家畜以下の存在にこれだけ価値がつくのは珍しいことですぞ。貴方はこの運気を逃すべきではない」
「帰ってください」
そして出来ることならもう二度と来ないでくれ。
「私はあれを誰かに渡すつもりは無い。金も要らない。貴方の考えを理解するつもりもない。お引き取り願いたい」
「そうですか。ではまた気が変わればいつでも声をかけてくださいね」
また笑って、俺の館を出ていった。
「はぁ……」
ドアを開ける前に、レニには部屋に戻るように言っておけばよかった。きっとこれからブローベル氏は、俺が亜人を匿っていることを人に漏らすだろう。たちまちその噂は広がり、俺は貴族の名を剥奪され、家系に泥を塗ることになるのだ。

「どうするべきだと思う?ウィリ」
「俺に聞くな!」
そんな訳で俺は幼少のみぎりから付き合いのある男を訪ねていた。
「お前が亜人を飼ってるなんて初耳だよ。どうしてそんなことになってるんだ」
「飼ってるなんて言い方やめてくれ……」
一から全て説明して、それを聞いたウィリは呆れた顔をした。
「お前は昔から人がいいもんな。だから騙されるんだよ」
「そうだろうか……」
「その知人ってやつだってお前を嵌めて立場を悪くさせるために亜人を押し付けたんじゃないか?愛着が湧いて手放せなくなるってバレてるんだよ」
「そんな人には見えなかったんだけどなぁ……」
何度目か分からないため息をつかれる。
「お前なぁ……実際に逃げられてまだそんなこと言うのは流石に阿呆だと思うぞ」
「はは……そうかもしれないな……」
……
沈黙が流れる
「―――安楽死」
破ったのは俺だった
「させるしか、ないのかなぁ……」
「それで……お前はいいのか?」
元々考えていたことだった。彼女が亜人だと知った時から、いつかそうせざるを得なくなると感じていた。
「いい機会なのかもしれない」
話を聞いてくれてありがとう、と礼を言って上着を羽織った。
「あ、おい!満足したからって帰るなよ、自分勝手だな本当に」


帰る前に、店に寄った。結構値がはってしまったが、せめてこれくらいのことはしてあげたかった。

「レニ、ディナーの前に話をしよう」
「なんのおはなし?」
「これからの話だ」

本人に伝えずに、寝てる間にでも薬を打って終わらせてあげることも出来た。それでも俺は、それが出来なかった。伝える方が残酷だと知っていても、何も知らせず終わらせることが出来なかった。

全てレニに話す。自分を守るためにレニを死なせてしまうことを、許してくれとは言えなかった。
「うん。わかった」
いつもと変わらない笑顔に、俺は胸が苦しくなっていた。レニは続ける。
「あのね、レニね、迷惑かけちゃうの辛かった。いつもいつも、リヒトの大切なものを食べちゃうんじゃないかってずっと不安だった。だからね、リヒトがレニのこと消してくれるなら、うれしいよ」
「そうか。そうか……」
声を上げて泣き出してしまいたかった。“消す”という言葉がこんなに苦しいとは知らなかった。そうだ、俺がこの手でレニを消すんだ。
「それでな、レニ」
「なあに?」
「君に土産だ」
宝石箱を差し出す。レニがずっしりと重たいそれを開くと、夕日が反射してその顔に七色の光を落とした。ルビー、サファイア、ガーネット。その他色とりどりの宝石が、箱の中に詰まっている。
「こんなに、どうしたの!?」
レニはとても驚いた顔をした。
「どうしたって、買ってきたんだよ。レニ、君のためだ」
「どうしてこんなに、もうレニいなくなっちゃうんだよ?」
「そうだな」
「もらったってレニすぐ食べちゃうよ……」
「そのために買ってきたんだ」
より一層驚いた顔を見せる。俺の顔と、宝石箱を交互に見る。
「本当に……?うそじゃない?」
「どうしてここで嘘をつく必要があるんだ」
笑って見せた。

それから、レニは嬉しそうにひとつひとつよく眺めた。そしてそのうち口に入れる。
「美味しいか?」
可愛らしいレニの口からボリボリと可愛くない音がする。
「すっごく美味しい!今まで食べたものの中で一番美味しい!」
「はは、そうか。じゃあ二番目はなんだった?」
「えっとね、リヒトの作ったゼリー!あとはあとは、ステーキと、寝る前に飲むミルクと、お庭に咲いてるシオンと……」
「そんなにたくさんあるのか」
はは、と笑った。この時間がいつまでも続いてくれるなら、俺はこの苦しさから開放されるのに。だが、残る宝石はもうただ一つ。レニはひとつひとつ、しっかり味わって食べていたけれどそれでも食べ終わる時は来る。

最後に残したのは、ダイヤモンド。それはレニが『いちばん綺麗だから一番最後に食べる!』と言って残していたものだった。もちろん俺が買ってきた中で最も値が張ったのもダイヤモンドだった。

レニは、ダイヤモンドに夕日を透かして、キラキラとその目を輝かせて、そして最後には惜しみながら口に入れた。
「(これで、良かったんだ。彼女を死ぬまで面倒見るなんてこと俺には出来ないし、こんなに苦しいのだって、無責任にここまで愛着を持ってしまった俺が悪いんだ)」
「痛っ!」
「どうした?」
彼女の口から血が流れている。
「これ、硬い……噛めない……」
「そうか、ダイヤは硬すぎたか」
ハンカチを差し出す。
「う~」
痛そうに口を抑える。レニにも噛み砕けないものがあったとは、知らなかった。
「でも食べれなくて良かったかも……」
「ん?」
「こんなに綺麗な石初めて見たの。今まで見てきたものの中でいちばん綺麗。だから、わたしが食べられなくて、無くならなくて済んでよかった」
予想外の言葉だった。レニのような亜人は、食欲が止まらないことで地獄のような苦しみを感じて暮らしているらしい。その食欲を差し置いて、綺麗な石を大事にしたい気持ちが勝ったのだ。やはりレニはただ喰らい尽くすだけの化け物などでは無い。美しいものを美しいと思える、素直な感性を持つ普通の少女なんだ。
レニはあのね、と続ける。
「これリヒトが持ってて」
「え?いいのか?」
「ねえリヒト、これを見る度レニを思い出して。レニはリヒトと暮らせて楽しかった。リヒトはね、レニが盗み食べしてるのを見てもいやな顔しなかった。怒鳴ったりしなかった。優しいリヒトのことレニは大好きだったの。だからこれ以上迷惑かけたくないの……でも、最後のわがまま言わせて……リヒト、一生レニのこと忘れないでいてくれる?」
気付けばレニは大きな瞳いっぱいに涙をためていた。
「もちろん。言われなくても、絶対に忘れたりしない」
約束をした。ゆっくり日は沈んでいって、長く伸びていた影はそのうち消えていった。

翌朝、レニはお気に入りのワンピースを着て棺桶に寝転んだ。安楽死の薬は信用出来る筋から取り寄せたので、何か良からぬ噂がたつということは無い、と信じたい。亜人といっても体の構造は案外人間によく似ているらしいので、人間の薬も効くはずだ。何の心配も無い。そう、レニを死なせるのに問題はひとつも無いんだ。

永遠の眠りについた、人形のように動かないレニを焼却炉に入れる。ボタンを押し、稼働させる。大きな音が鳴る。それが終わるのをじっと座って待っていた。

そのうち火葬は終わり、棺桶の中を覗いたが、そこに残っていたのは灰のみではなかった。

灰の中に、ルビー、サファイア、ガーネット。ああ、まだ消化できていなかったんだな。

それはそうか、昨夜食べたばかりだからな。俺はレニが細かく噛み砕いたそれを丁寧に拾い、そして最後に、彼女のダイヤより柔らかい小さな歯も持ち帰った。帰るとそれらを宝石箱に入れた。

それから何年もの間、レニの歯を加工した指輪を肌身離さず持っている。そのことをウィリに話すと、変わった趣味してるな、とまるで変態のように扱われたので機嫌が悪くなってそのまま帰った。

ウィリの家からの帰り道、あの日宝石を買った店の前を通る。大きなアメジストの指輪を着けた女性とすれ違う。それを見て、嬉しそうに宝石を噛み砕くレニを思い出した。

そうか……きっと俺は、この世界から宝石店が無くならない限りレニという無邪気に笑うあの少女を忘れることはないのだ。


あとがき
こちらの小説は、Twitterのフォロワーがもうすぐ300人だ!と思って書くことにしたものです。

お題メーカーでランダムに出したお題をアンケートにして、決まったお題が

「歯」「食欲」「ダイヤモンド」でした。

一見難しそうな組み合わせだなーと思ったのですが書き始めると意外と書けて、結果的にいいものが書けたんじゃないかなと思っています。良かったら感想おしえてくださいな。

またきっと小説書くのでその時も読んでくれたら嬉しいです。

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