メモ帳
さゆりはたまにわたしにだけLINEで教えてくれた。わたしはさゆりのメモ帳代わりだった。
初めのうちは買い物リストだった。
さゆりと絶交したあの日から、さゆりはわたしにブロックされてると勘違いして八つ当たりみたいにわたしのLINEをメモ帳代わりにしはじめた。こんな陰湿なやつなんだってその時初めて知って、面白くなってそのまま観察を続けることにしたのを覚えてる。
絶交する前はよく「さゆりとミキって珍しい組み合わせだね(笑)」って馬鹿にされるくらい、さゆりは人気者だった。
絵に描いたようなヒロイン面しちゃって。
ストレートの美しい髪を長く伸ばして、スカートは短すぎず長すぎず。バトミントン部で大活躍。勉強もできるからいつも誰かに教えてる。顔立ちは言わずもがな端正だった。男子からも女子からも人気で、嫉妬の対象で、本当につまらないくらいヒロインだった。
わたしとは生きてる世界同じようでどこか違ったんだ。わたしには数学ができない。
さゆりの葬式でさゆりのお母さんは「なんでこの子が死ななきゃならなかったの」と泣き崩れた。さゆり以外なら死んでも良かったのかな。母親ってそういう生き物だよね。
さゆりの葬式ではみんなが泣いていて、ついにさゆりは悲劇のヒロインだった。あんなやつなのに。
まるでさゆりが、心まで美しく、立てば芍薬座れば牡丹を地で行く非の打ち所がない素晴らしい人間であるかのように扱われていた。誰もが彼女の死を悲しんだ。英美なんてさゆりがメモ帳に悪口書いてたのにあんなに泣いて、バカみたいだった。
わたしとの個人チャットに買い物リストや勉強の記録を送られるようになってから少しして、急に長文が送られてきた。彼氏への愚痴だった。面白がって読んでみれば本当にしょうもない愚痴だった。どうやら浮気の疑惑があるらしく、前半はそれについてイライラした殴り書きのような文章で、後半からはこれまでの付き合い方で引っかかっていたことを長々と。歩くペースが速いだとかプレゼントのセンスが悪いとか、本当にしょうもなかった。それから死ぬまでずっと付き合い続けてたんだから笑える。葬式中、さゆりの彼氏は終始顔が真っ青だった。
それからさゆりは、それまで通りちょっとしたメモに加えて、他人の愚痴や心の整理のための文章をちょくちょく送るようになり、わたしはそれを楽しく観察する日々が続いた。
ある日わたしは失態を冒した。間違えて既読をつけてしまった。それまでは既読をつけないように読んでいたのに。
それに気付いたさゆりは、きっと恐る恐るわたしにスタンプをプレゼントしてきた。相手にブロックされてるかどうか確認する方法である。もちろんわたしにスタンプは届いたし、さゆりはようやくわたしにブロックなんてされてない事に気付いたらしい。
あーあ、もうさゆりのメモは見れないんだ。そう残念に思っていた。
驚いたのは、さゆりがその事に気付いてもなおわたしとの個人チャットをメモ帳代わりに使い続けたことだった。習慣化していたんだろう。
わたしはさゆりから送られてきた話を他人に漏らしたことなんてなかったし、内容についてさゆりに話しかけることも一度もなかった。実害がないと判断したのか、それまで通りわたしはさゆりのメモ帳を続けることになった。
「死にたい」
さゆりらしからぬ言葉だった。
「死にたい死にたい死にたい」
「何も上手くいかない」
「どうしてこんなに駄目なんだろう」
具体的に何に悩んでるのかはわからなかったけど、完璧人間に見えていたさゆりにも、黒い感情があったのだ。
さゆりは自殺なんてしない。実際死因はただの交通事故だった。美しかった顔はぐちゃぐちゃに潰れてしまったらしい。葬式では彼女の顔を見ることは出来なかった。遺影の中でだけさゆりは美しく笑っていた。
ここにいる誰もがさゆりの「死にたい」を感じたことはないのだな、それだけでさゆりはすごい人だ。
わたしだけが後ろを向いた彼女の顔を知っているので、なんだかばつが悪かった。
さゆりの「死にたい」はヘルプだったのか?それは多分違うだろうな。わたしが見ていたって見ていなくたってさゆりは「死にたい」と零しただろう。
実際「死にたい」の数時間後には「9/20 古文p65~69」と送られてきた。強かだなぁと感じたのを覚えている。
誰もさゆりを疑わなかった。
誰もがさゆりを素晴らしい人間だと認めていた。
さゆりを嫌っていた子たちだって、さゆりの素晴らしさへの嫉妬だった。
さゆりはそれを望んでいたのだろうから、わたしがそこに水を差す必要などないのだ。
さゆりとの個人チャットは全て墓場まで持っていく。別に見せびらかして喜ぶような悪趣味な人間ではないし。
ただ、仲直りをしないまま何年もわたしをメモ帳にしていたさゆりが、買い物のメモを残したまま死んだのがなんとなく憎たらしいので、仕返しに今はわたしがメモ帳に使っている。
つくづくわたしも陰湿だな、と思うがおあいこなので別にいいだろう。
既読がつくことは永遠にない。それが心地いい。