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17.ジャーマネ


 今日は多目的広場でのスピード練習だった。

 いつものように現れた盛男さんの隣には見覚えのある女子がいた。驚く事に、マネージャー希望だった。

「1年2組の花城椿です。走るのは全然ダメだけど、観るのは好きです。駅伝もマラソンもよくテレビ観戦します・・・」

 半円になって椿を向く面々を見ると、先輩達は嬉しそうにニコニコしながら椿を見ていた。省吾に至っては頬が赤くなっている。

 気持ちは分かる。待望の女子マネージャーで、しかも可愛くて有名なあの椿なのだから。

 僕は無表情を装っているけど心ではスキップをしていた。

 まさかあの椿がマネージャーになってくれるなんて。彼女に世話をしてもらえるなんて夢のようだ。どちらかと言うと彼女は世話される側だ。喜んで奴隷になる男もいるはずだ。

 皆の自己紹介が終わると、早速練習に入った。

 盛男さんは用があって広場を後にした。

 椿を時計係にしてビルドアップ走を始めた。

「ようい、どん」

 空気に浸透していきそうな可愛い声だった。彼女の声に送られて、僕は幸せな気分だった。自然と筋肉痛に纏わりつかれた脚も軽くなったように感じた。軽快に飛び出せた。

 でも走り始めてすぐに違和感を抱いた。

 ペースが明らかに速かった。気のせいじゃない。絶対に速かった。

「キャプテン、ちょっと速くないですか?」

 新藤に感謝した。最初からこんなペースでいったら僕は絶対に半分も、もたない。

「ん?ああ、ごめん、ごめん」

 時計を見たキャプテンはスピードを緩めたけど、緩めたスピードも速いように感じた。タイムを読み上げる椿の姿が大きくなる。

「67、68、69・・・」

 やっぱり速い、

 てか、速すぎる。

 最初の設定より10秒近く速い。

「すごい。みんな速い」

 椿からそんな声がした。すると、ペースがまた上がった。

「キャプテン。これだと皆がもたないですよ」

 新藤の声でキャプテンはスピードを緩めた。でも、それは一時的だった。少し経つとペースはまた上がった。椿に近づくとスピードは分かりやすく上がっていく。

「68、69、70・・・」

 変わんねえじゃねえか馬鹿野郎!

 そう怒鳴りたいけど心の中で抑える。そんな事も露知らず、キャプテンは声を上げる。

「おうし!ペース上げるぞ!皆、ついてこい!」
「おう!みんなぁ、ファイッ!」

 すぐに亮先輩も声を上げた。二人とも張り切っていた。特にキャプテンは度を越して浮かれていた。そんな人がペースメーカーだからビルドアップ走は荒れに荒れた。

「浮かれ過ぎだよ」

 隣の賢人からボソッと呟きが漏れた。やっと練習の免疫がついてきた僕達にとって、最初からこのペースは過酷だった。ペースメーカーが新藤に変わっても、「新藤!遅いぞ!」とキャプテンは抑えきれずに先を走っていく。それにつられて列のペースも上がった。

 結局、暴走したキャプテンに最後までついていけたのは新藤だけだった。

 次のロングインターバル走でもキャプテンは先陣を切って突っ走った。その後を、しょうがないと言った感じで新藤が追う。

 でも最後には必ず新藤が先頭になった。ムキになったキャプテンは何度も先頭を狙ったけど、結局、新藤の前に出られずにヘロヘロになって、途中でリタイアしてしまった。

「だから言ったじゃないですか。何で最初からそんな無茶するんですか」

 新藤の説教をキャプテンは大人しく聞いていた。しゅんとした背中が小さかった。

「新藤君ってホントに速いね」

 椿が新藤にボトルを手渡していた。息を切らしているけど新藤はまだ涼しい顔だった。

「いやあ、おかしいな。今日は調子が悪いみたいだ」

 二人の近くでそんな悔し紛れの声がする。

 その声の主は、ぜーぜー言いながら地面で大の字になっていた。


 悪党からお姫様を救ったヒーロー。


 そんな絵面が浮かんだ。

 その後も新藤は先頭に立って皆を引っ張った、

 と、言うより置いてった。

 誰もついていけなかった。暴走する県内最強ランナーを押さえ付けて、尚も先を突っ走っていく。

 僕達は新藤の走力に改めて驚かされた。

 盛男さんが戻ってきてミーティングが終わると、椿はキャプテンと亮先輩にすぐ捕まった。笑顔で話す椿に引き込まれた二人は、疲労を忘れて楽しそうだ。僕らはそんな二人を見ながら片付けをした。片付けが終わっても二人は椿から離れない。

「でもさ、どうして駅伝部のマネージャーになろうと思ったの?」

 キャプテンが質問をした。遠くから見ても鼻息が荒そうだった。

「実は新藤君と同じクラスなんです。新藤君の話を聞いて楽しそうだなと思ったんで・・・」

 華やいでいた空気が一瞬だけ止まった。聞いていた全員が一瞬考えて、一瞬で理解した。まあそうだよな、と思いつつも気分は沈んでいった。多分、今の僕は分かりやすいぐらいに落ち込んでいる。多分、キャプテンと同じような表情をしていると思う。

 失恋の瞬間だった。

 けど、最初から諦めてはいた。


 椿が彼女だったら・・・・・、


 と妄想をするだけの隠した願望しか僕には持ち合わせていなかった。

 現実的に考えたら無理な話だった。彼女は高嶺の花だった。平凡な僕が彼女と釣り合うはずがない。もし付き合えたとしても周りからのプレッシャーに耐えられないと思う。彼女はそれほど男から人気があるのだ。

 新藤と椿。

 うん。お似合いだ。二人でいたら周りが驚いて振り返るぐらいの美形カップルだ。二人の写真は何気ない日常だとしても絶対に映える。

「あ、それでなんだ・・・へえ・・・まあ、新藤の走りは凄いもんな」

 そう言って身支度を始めたキャプテンの背中があまりにも小さかった。

 椿が駅伝部のマネージャーに入った事は、たちまち校内でもニュースになった。

 駅伝部に物凄く可愛いマネージャーが入った、と上級生がざわつき、あの椿がマネージャーになった、と一年生がざわついた。椿は中学から他校の生徒にも知られるほど有名だった。クラスの男達は僕と賢人に羨望の眼差しを送ってきた。

「俺も駅伝部に入ろうかな」

 そんな声を聞いて、嫌な予感がした。

 入部希望者が殺到するかもしれないと。

 でも、入ってきた所で続かないだろうとも思う。そんな生半可な気持ちで長距離はできない。甘く考えすぎだ。それに昨日、失恋して気が立っている人もいる。きっとこの人が立ちはだかる。


 そして、この日の練習、僕の予感は的中した。


 数人の入部希望者がいた。

 皆が未経験だった。中には本気で走った事のない人もいて、練習着すら持ってきていない人もいた。

 さらに僕の予想は的中する。

 キャプテンは希望者達に厳しかった。

 見学はさせなかった。練習をさせた。着替えを持っていない人は制服で走らせた。

「遅い!もっと走れるだろ!」
「これぐらいで音を上げんな!」
「てめえ!駅伝なめんなよ!」

 そんな激が練習場にこだました。

 そして僕の予想通り、この日を最後に入部希望者は姿を見せなかった。

 そんなこんなで、駅伝部は選手七人のままで県総体を迎える事となった。


 ・・・・あ、そういえば言い忘れていた。

 入学式の時に賢人が話していた狩村中の東は駅伝部に来ない。久光中の島田も、福原中の根間も。

 彼らは今日も、学校のグラウンドや体育館で汗を流している事でしょう。


             つづき

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https://note.com/takigawasei/n/n02f694bf96bc


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