
27.やっちまったよ
目を開けた。
暗い部屋にぼんやりと浮かぶ天井は白くて斑点がある。僕はカーテンに囲まれていた。そのカーテンの向こうで、ボーっと明かりが浮かんでいる。ここがどこなのか分からなかった。しーんとした部屋だった。
寝たまま腕を伸ばした。すぐ傍のカーテンを掴んで開けると、そこには窓があった。真っ黒だった。どっぷりと暗闇がのしかかっていて不気味だった。
腕に違和感があった。
見ると、チューブが刺さっている。点滴だ。今もぶら下がった袋から滴がぽたぽた落ちている。白いシーツが身体を覆っていた。シーツを剥がすと、僕は白い浴衣のようなものを着ていた。僕は今まで寝ていたみたいだ。
僕がいるのは病院だった。
何でだ?
さっきまで僕は走っていた。
新藤からタスキを受けて、必死に走って、涙を流したキャプテンにタスキを──────
あれ?
何でキャプテンは泣いているんだろう?
そういえば賢人も泣いていた。泣きながら僕を何度も呼んでいた。
二人が泣いていた時、確か僕は──────
突然、白い閃光が現れた。
真っ白なその光が晴れると、歓声に沸いたコースの中に僕はいた。
大勢の選手が大きく手を振って叫んでいる。
あそこがゴール。早く行かないと。
でも身体が動いてくれない。すると、ずどどどど、と大きな音を立ててたくさんの足が降ってきてあっという間に過ぎ去っていく。たくさんの背中が見えた。みんなタスキを外して待ち構える選手の中に飛び込んでいく。
待って。置いていかないで。
そんな僕の声を無視して向こうは選手でもみくちゃになっている。嵐のようだった。その嵐が過ぎ去っていくと、そこにはポツンと立ち尽くす一人の選手がいる。
キャプテンだ。
周りは騒がしかった。悲鳴もあった。賢人の声がする。泣きながら僕の名前を叫んでいる。
キャプテンは唇を噛み締めながら涙を流している。キャプテンはすぐそこだった。でも動こうとすると、真っ白な霧が現れてきて、それがキャプテンを遠ざけていった。その霧の中でキャプテンは僕を見て──────
ふっと視界に暗闇が降りてきた。
元の場所に戻ってきていた。僕は暗い部屋にいる。白いカーテンに囲まれて。白いベッドで点滴を打たれている・・・・・。
頬が痒かった。ツーッと何かが頬を伝っている。触ると、指が濡れていた。
涙だった。涙と分かると、どんどん流れてきた。息が苦しかった。シーツを頭から被った。何も見たくなかった。今のこの状況が嘘であって欲しかった。今の僕は宿舎にいる。これから明日に備えて眠りに入る。そう。きっとそうだ。あれは悪夢だったんだ。
恐る恐るシーツから顔を出してみる。
さっきと一緒だった。ここは病室だった。宿舎でもないし、自分の部屋でもない。やっぱりあれは現実に起こった事だった。
身体が震えていた。シーツを強く抱きしめた。何かで抑え付けてないと身体が破れていきそうな気がした。恐い。とても恐かった。
僕はとんでもない事をしてしまった。
僕は駅伝部の全てをぶち壊してしまったんだ。
都大路で走れるはずだった。県で優勝できると言われていた。僕らも思っていた。
予想通り、新藤はぶっちぎりで来た。後ろは全く見えなかった。
たったの3㎞だった・・・・。
そんな距離は小学生の頃にだって走った。中学生の時なんか当たり前のように走っていた。それで一度も走り切れなかった事はなかった。それがどうして・・・こんな大事な時にやってしまうんだろう。こんな自分に言葉が見つからない。
キャプテンの姿が浮かんだ。キャプテンは僕に夢を話した事があった。全国高校駅伝を毎年テレビ観戦するおじいちゃんとおばあちゃんに、自分が走っている姿を見せたいと。キャプテンの目はキラキラしていた。その場面を想像しているのか、嬉しそうに見えた。そんなキャプテンを見て胸がホンワカとした。
そのキャプテンの夢を、僕はぶち壊してしまった。
キャプテンは僕を待っていた。大きな声を上げて、大きく手を振って、僕を呼んでいた。僕がやっとキャプテンの前まで来た時、キャプテンは放心した顔で立ち尽くしていた。目には涙があった。そしてキャプテンは僕に向かってこう言った。
ばかやろうと。
ギュッと目をつぶった。
もう何も見たくなかったし考えたくもなかった。でも、あの時のキャプテンの顔が離れてくれない。もう嫌だった。何とかして欲しかった。どうやったらこの地獄から逃げられるんだろう。
「哲哉?起きてるの?」
僕は驚いてその声をする方を見た。
母だった。
「大丈夫?」
頷いて見せると、急に母の表情が崩れた。
母は泣いた。泣きながら僕を強く抱きしめた。
「良かった・・・本当に良かった」
母はそれだけ言った。母の手は震えていた。
助かった。
そう思う事ができた。すると涙はどんどん溢れてきた。我慢する事なんてできなかった。
僕は思いっきり泣いた。
つづき
↓
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