29.ずる休み
次の日、学校を休んだ。
起こしに来た母に仮病を使うと、意外にもあっさりと学校を休めた。
誰もいなくなったリビングに下りると、身体がぶるっと震えた。リビングが意外と寒かった。それもそうだ。今は11月。普通は寒い。あの日は異常気象だったんだ。何で大会の日がこんな気温じゃないんだよ、とつい思ってしまって、そんな事を思ってしまった自分に溜息が出た。
何かを感じるとそれを大会の日に重ねてしまう。たらればのオンパレードだった。
前日に寝れていたら・・・・
風が吹いてなければ・・・・
水をちゃんと飲んでいたら・・・・
そもそも駅伝をやっていなければ・・・・・・。
また溜息が出た。
このまま学校を休み続けるわけにはいかない。部の皆にも会って謝らないといけない。そして話さないといけない。
もう駅伝を続ける意志がない事を。
ふとパソコンが目についた。僕はパソコンを起ち上げてSNSサイトを覗いた。このパソコンから父が駅伝部の活動を発信している。父が大会の結果をどんな風に載せたのかが気になった。
父は結果を投稿していた。
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気温30度の真夏日、強風の悪条件の中、正午12時に号砲が鳴りました。
一区の新藤孝樹君は二位以下を2分近くも引き離す圧巻の走りでした。
しかし、次の二区でした。
上地哲哉君が脱水症状となって棄権となりました。
残り10m。もう少しでした。
上地君は最後まで諦めずに前を見ていました。何度も何度も立ち上がろうとしては地面に倒れました。危険な状態でした。係員に運ばれながらも、上地君はタスキを松島良豪君に渡そうとしていました。その思いが報われずにこのような結果になった事は非常に残念でした。
それでも、繰り上げスタートした三区の松島君は区間一位の走りを見せてくれました。
四区の砂川大志君は区間二位です。
五区の松原賢人君は区間三位の好走でタスキを繋ぎ、六区の奥永省吾君は区間五位とこれも好走。
そしてアンカーの下地亮君は区間一位の快走を見せてゴールテープを切りました。
みんな最高の走りを見せてくれました!今回は残念な結果でしたが、また来年に期待です!次こそは、都大路で走ります!
是非とも皆様の応援を何卒よろしくお願い致します!
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写真もあった。
新藤が走っている姿。
新藤が僕にタスキを繋ぐ瞬間。
繰り上げスタートの白いタスキを掛けたキャプテンが走り出す瞬間。
その他にも皆の走っている姿があった。
気になったのは僕の写真がない事だった。
僕の写真は新藤からタスキを受け取った写真だけ。しかも僕は後ろの新藤を向いて頭しか写っていない。
複雑だった。あの時の自分の姿は見たくないし、載せて欲しくない。あれは忘れたい。でも、写真だけ見たら自分が隠されたような気がして疎外感もある。
僕も走った。あそこにいたんだ。でも忘れて欲しい。なかった事にしてほしい。
頭を掻き毟った。
どんどん下にスクロールしていくとコメントがあった。たくさんの応援や激励のコメントがあった。
そして、とうとう見つけてしまう。
〈3キロで脱水症状ってあるんだ。〉
〈たった3キロも走れない選手がいる時点で無理でしょ。〉
やっぱりあった。
僕を非難するコメント。
見たくなかった。でも手が止まらない。僕はどんどんコメントを見ていった。
応援のコメントや励ましのコメントの方が大多数だった。でも僕を非難するコメントもあった。
〈二区の選手は次からマネージャーで!〉
〈普通は3キロ走れるでしょ。情けないなりよ。〉
〈来年はしっかりメンバーを編成してください。〉
〈二区に俺が出た方が良かったな!〉
胸が苦しくなったのでパソコンの電源を落とした。
部屋に戻ると画面が光ったスマホが目についた。もう画面なんて見たくなかった。
僕はスマホの電源を落としてベッドに潜り込んだ。
つづき
↓
https://note.com/takigawasei/n/n916518d5f978