6.もう辞めたいです
「今日はお疲れさん。新入生にとっては初めての1万mだったかもしれないけど、高校生の一区はこの距離を走り切らないといけないからな・・・」
芝生の上でミーティングが始まった。
「皆の走りを見て、胸がとても熱くなった」
盛男さんの顔は輝いていた。
「今日の孝樹と良豪の記録は間違いなく県でトップになる。この二人は県で最も速い二人だと断言できる。亮と大志も自己ベストを更新して、賢人、省吾、哲也もいきなりの1万mを走り切った。今日の皆の走りを見てとても感動した。間違いなくこのメンバーなら都大路も夢じゃない・・・」
なーんか、僕は蚊帳の外のような気がした。
走り切ったと言っても、最後はもう歩きそうなぐらいへばっていた。小走りより遅かったと思う。恥ずかしかった。
僕は競技場の注目の的だった。練習中の陸上部にも声援を送られていた。駅伝部はまだいい。それ以外の、部外者は見ないで欲しかった。大勢の人達の前で、俯いて走っている自分がいた。陸上部の声援を聞いた時、辱めを受けている気分になった。
「最後だよ。諦めるな」
「もう少し。頑張れ」
「ほら、ラストラスト」
「頑張って」
その人達の顔は見れなかった。見ている人達が嗤っているような気がした。そんな思いを抱えながら、やっとの思いでゴールした時、介抱してくれた新藤の汗は引いていて、息も落ち着いていた。新藤が走り終わって、もうかなりの時間が経っていた。
「・・・都大路での県の最高順位は30位。70回もやって最高が30位。良豪、これがどういう事か分かるか?」
盛男さんがキャプテンを向くと、キャプテンは頷いて口を開いた。
「全国と圧倒的な差がある」
「うん、そうだな。40位より上に食い込んだのは2、3回しかない。後は40位以下。毎回、1位と10分前後の差がある。何でこんなに差があると思う?」
キャプテンが間髪入れずに「競技人口が少ない」と言った。その答えに盛男さんは何度も頷いた。
「うん、それもあるな。うちらの県は球技に強い印象がある。走りに才能ある選手が球技にいくのは事実だ・・・でもそれは他も一緒だ。他でもここと同じように色んな部活があって皆が自由に部活を選べる。その条件は一緒だと思う。ある人はな、島の人間は内地の人間と体の造りが違うとも言う。ここは手足の短い農民体型。農民は骨太で大きな肉が付きやすいから走りには向いていない。その人はそんな事を言っていた。確かに、走りにおいて体型は重要だと思う。ケニア人の体型を見ると日本人とは大きな違いがあるな。手足が長くて、バネのあるしなやかな筋肉があるし、顔も小さい。それを見たら造りが違うなと俺も思うよ。でもね、そういう人は日本にもいるし、この島にもいる。他の国でも骨太のズングリムックリはたくさんいる。これはどこでも同じ条件だと俺は思う。で、いろいろ考えても、結局行き着くのは、良豪が言った、競技人口が少ないって事だ。つまり、人気が、ぜんっぜん、ない。野球とかサッカーは放っておいても、わんさか選手が来るのに、駅伝になると、これがさっぱりだな・・・」
皆を見渡しながら喋っていた盛男さんが「じゃあ、今度は亮に訊くよ」と亮先輩に視線を止めた。
「俺はこれが一番重要な事だと思う。人気にするにはどうしたらいいと思う?」
亮先輩は考えたけど、首を傾げるだけだった。
「良い成績をあげる」
別の声が上がった。皆がそこへと向いた。
新藤だった。
盛男さんが新藤を指さす。
「そう。それだな。活躍して、観ている人達に感動を持たせる。そうしたら、こんな人みたいになりたいと観ていた子供が憧れて、自ずと走り始めるわけだ・・・」
盛男さんはそこまで言うと、急に遠くを見るような顔になった。
「まだ皆が生まれてない頃にな、女子の豊南高校が全国で活躍した時があったんだよ・・・あの時は観ていた皆が騒いだ。皆がテレビに釘付けになってよ・・・テレビの解説の人も驚いてたな。何回も豊南の選手が大きく映されてね、それだけで俺は誇らしい気分になった。入賞はできなかったけど、それでも観ていた皆の顔が輝いてた。あの時の映像はまだしっかりと残ってる・・・」
懐かしそうに語る盛男さんの顔が、どこかで見た事があるような気がした。
「で、今日の皆の走りを見て、俺は思いました。これからの練習で、皆が絶対に都大路で活躍できる選手になると・・・」
盛男さんの顔はキラキラしていた。
よっぽど今日の走りを見て感動したみたいだ。
確かに凄かった。特に、新藤は次元が違った。その新藤を最後まで諦めずに追い駆けたキャプテンも凄かったし、二人から離れていたけど亮先輩と大志先輩も速かった。賢人と省吾も粘り強く走っていて地力のあるしっかりとした走りをしていた。二人はこれから伸びていくと思う。
それに比べて・・・僕はと言うと、正直いってお荷物だ。
一緒に走ったからこそ痛感した。差があまりにもありすぎる。恥ずかしかった。
退 部
初日にして、僕の頭にこの二文字がデカデカとあった。
つづき
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