16.最初の公式戦
五月は最初の公式戦、島の高校総体がある。平日の二日間で高校スポーツの全競技が島の各会場で行われる。
陸上競技の会場は市の陸上競技場だった。
正直言って大会はやる前から張り合いがなかった。
島にある高校は四校。その中で陸上部のある高校はたったの二校だけ。寄せ集めをしたくても、別競技の選手は別会場で試合の真っ最中。種目によっては出場しない高校もあって、中には出場選手が僕らの高校だけの種目もある。長距離は、駅伝部のある工業高校と僕らの高校の二校しかない。要は、僕らの駅伝部と工業高校駅伝部の全面対決だった。
午前が5000mだった。参加選手は13名。
ユニフォームを着ただけでもやっぱり緊張した。
ギャラリーが少ないのが寂しいけど。まあ平日だからしょうがない。もし日曜だったら父が来ていたかもしれないから、これはこれで良かったのかもしれない。
号砲が鳴ると、二人が飛び出した。
新藤とキャプテンだ。いつもの事だった。他の高校の人達も二人についていかなかった。無理なスピードだとすぐに悟ったみたいだ。
久しぶりのタータンコースは気分が良かった。いつも走っている芝生は柔らかいけど、その分、足が沈んでいく感覚があって、たまに油断すると滑ったりもする。対して、タータンは足を弾きだすようなバネがついたみたいに飛び跳ねる感覚があって、グリップもあるから踏み込みの時も安定する。筋肉痛が取れていたのもあって、この日は練習より軽く走れた。
驚いたのは省吾と賢人の背中を最後まで見失わなかった事だった。さらに驚く事に、僕の後ろに二人も選手がいた。
結果は宮島高校の圧勝だった。
一位が新藤、二位にキャプテン、三位に亮先輩、四位が大志先輩。その後ろで工業高校の上級生、次に省吾と賢人、その後ろが僕で、工業高校の一年生が二人。
久しぶりに人に勝てたのは素直に嬉しかったけど、やっぱり省吾と賢人に勝てなかったのは悔しかった。終盤までついていったと言っても、最後はどんどん離れていった。まだまだ二人の背中は遠い。
午後の1500mは応援にまわった。新藤以外の一年生三人は5000mだけの出場だった。
1500mも結果は同じだった。新藤、キャプテン、亮先輩、大志先輩、後は工業高校の選手だった。
ミーティングで、先生は今日の皆の走りを褒めた。皆の記録は盛男さんが予想した記録より速かったそうだ。
「哲哉!」
盛男さんがいきなり僕の名前を呼んだ。びっくりして気をつけになった。
「今日は哲哉の走りが一番よく伸びていた。この走りの感覚を忘れないでいけよ」
びっくりの上にさらにびっくりだ。初めて盛男さんに褒められた・・・。
「うん、今日の哲哉は良い走りしてた。初日と比べたら別人だよ」
キャプテンも褒めてくれた。皆が頷いていた。素直に嬉しかった。自分でも分かった。最初の頃と今日の自分の走りの違いに。
最初の頃は周りの走りに掻き乱されて慌てながら走っていた。気づかない内に身体は弱っていて、最後はもう恥ずかしいぐらい衰弱していた。
でも、今日は違う。自分のペースで冷静に最後まで走り切れた。
あの時と比べると断言できる。
僕は速くなっている。
この調子でいったら新藤の背中は近いかも。
解散をすると、新藤が僕に声を掛けてきた。
「帰るついでにさ、シバと遊んでもいい?」
断るわけがなかった。僕は新藤と家路に向かった。
新藤は今日も走ってきていた。走ってきて、5000mと1500mの真剣勝負を二本走って、また走って帰る。
新藤の背中に近づけるかも、と一瞬でも思った自分が恥ずかしくなった。
「本当に良かったよ。哲哉の今日の走り」
規格外の走りをするランナーに褒められるのは物凄く嬉しかった。
「いやいや、新藤の走りに比べたら全然だよ」
実際そうだった。新藤には二回も抜かれた。
「でもさ、一ヶ月であれだけ伸びるのは凄いよ。この調子でいったら物凄い記録で走れると思うよ」
新藤が言うんだからその通りになる気がした。僕はもしかしたら走る素質があるのかもしれない。いずれは新藤と肩を並べる日が来るかも。
浮かれていた。調子に乗った弾みで、つい口を滑らせてしまった。
「そういえば新藤は何でこの島に来たの?」
言ってから、この馬鹿、と自分を叱った。噂では複雑な事情だと聞いていた。それを知っていて、何でそんな事を訊く。自分でも呆れてしまう。
「まあ色々あってさ、母さんの実家に住む事になったんだ」
そう言った新藤の声は思ったよりも軽かった。それで、訊かなければ良かったと思いつつも、もう一つ気になる事があったので僕は口を開いた。
「高校は有名校に行こうと思わなかったの?」
僕はこれが一番訊きたかった。新藤の速さなら全国の有名校から誘いがあったはずだ。学費免除とか、寮費免除とか、複雑な家庭にとっては渡りに船な条件もあったと思う。それなのに、どうして競技人口の少ないこの島で走る事を選んだのだろう。
「住んで一年近く経つけど、ここの暮らしが凄くいいんだ。ばあちゃんは優しいし、この島の海を見ながら走るのが本当に気持ち良くて贅沢に感じるんだ。だからここで走ろうと決めたんだ。スカウトの人とか色んな人達が色々言ってきたけどさ、別に有名校に行かなくても練習はできるわけだし、この島を選んだだけで陸上人生が終わるわけじゃない。自分の直感で生きていきたいし、大切なものは離したくないしね・・・」
新藤の言葉に重みを感じた。
この島で走る道を選んだ新藤は、ネットの間でかなり非難されていた。駅伝好きが投稿する掲示板では、新藤の事を中傷する投稿が絶えなかった。
新藤はオワタ。
アホな選択をした。
バカンスに目が眩んだ。
走りを辞めて酒に溺れた。
そんな非難中傷がたくさんあった。他にも父親の悪口や家庭の事とか、根も葉もない噂が投稿されていた。
見た事を後悔した。身近な人に、顔も名前も知らない人達からの大量の悪口。物凄く気分が悪かった。新藤がこの掲示板を知っているかは分からないけど、ネットで新藤の名前を検索したらヒットするわけだから、新藤が知っている可能性はあるし、直接言われた事もあるのかもしれない。
「ここで強くなって皆を見返してやりたい。ここでも速くなれる。それを証明したい」
新藤の言葉には強い覚悟が込められていた。
そんな新藤を見て僕に決意が生まれた。
絶対に一生懸命になる。絶対に強い選手になる。
それで少しでも新藤の力になりたい。新藤が全国で活躍する為に、僕も一緒に頑張りたい。
「まだまだ遅いけどさ・・・」
勝手に声が出ていた。込みあがった想いが溢れていた。新藤が僕を向いたので、決心して声に出す。
「絶対に速くなるから。新藤と一緒に全国に行きたい。新藤がトップで走るのをずっと見ていたい」
言い終わってから、恥ずかしくなって、つい俯いてしまった。
「ありがとう。一緒に速くなろう」
顔を上げた。新藤が微笑んでいた。
照れ臭かったけど、物凄く良い気分だった。
つづき
↓
https://note.com/takigawasei/n/ne1f65f1a6013