44.皆の想い
夏休みに入ると、練習のメニューはさらに過酷になった。いつもの走り込みに、さらに長距離インターバル走が加わった。
一人を先に走らせて、しばらくしてから残りの全員をスタートさせる。先に走る人は一本ずつ交代した。
「先に走る人は皆を離す気持ちでやれよ。本番で追われる事を想定して走れ」
ピンときた。
これは去年の僕が経験した事を想定している。
一区の新藤がダントツで来る。そうなるとその後の区間は追われる立場になる。それを本番で経験したのは去年の県予選で二区を任された僕しかいない。
それで僕は失敗してしまった・・・あの時の二の舞にならない為にも、盛男さんはこの練習を考えてくれた。
正直、練習と本番は全く違う。練習で皆から追われるより、やっぱりあの時の得体の知れない人達から追われる方がプレッシャーと恐怖は大きい。
それでも盛男さんはこの練習を続けた。皆もこの練習には特に身を入れていた。
それは、この練習の意味を皆がよく理解していたからだ。
この練習にはきっと盛男さんの願いも込められている。
盛男さんは、新藤が県予選までに復帰すると信じている。
新藤を一区にする。そして新藤はダントツで来る。きっとそうなる。
だからこの練習は投げ遣りにする事はできなかった。
「哲哉!追いつかれてるぞ!またあの時と同じになるぞ!嫌だったら飛ばせ!」
真後ろから亮先輩の激が飛ぶ。
後ろを向くと、殺気立った顔が幾つもあって思わず悲鳴を上げそうになる。気のせいかもしれないけど、僕の番になると皆のスピードが段違いに速くなっている気がした。
他に砂浜での走り込みも加わった。
砂浜の走り込みは皆が嫌った。きついと辛いしかない。
練習後、脚は言うこと聞かない。生まれたての小鹿みたいにブルブル震えている。この時点で分かる。明日の筋肉痛の辛さが。
でも、疲れたら疲れた分だけ、その後の海水浴は極楽だった。火照った身体が海水に気持ちいい。誰も泳がない。皆が死体のように上を向いて海面に浮かんでいる。プカプカ浮かぶ皆の顔はとろけたように気持ちよさそうだった。身体を浮かべて波に揺られながら身体を冷やす。最高で贅沢なアイシングだ。
八月に入るとすぐにインターハイがあった。
ネットで結果を見ると、兵藤が二位の結果に終わっていた。でも一位は留学生だったから、兵藤が日本人高校生で最速になる。
あのレースに新藤がいたら、と考えると残念でならなかった。
つづき
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https://note.com/takigawasei/n/n746e342763b9