34.イライラする人
三学期になった。
友利先生から聞いた。
全国男子駅伝のメンバーに新藤とキャプテンが選ばれたと。二人とも二年連続の選出だった。これは凄い事だった。
ただ、賢人がその事を言ってこないのが残念だった。でもそれはしょうがない。そもそも僕は賢人を避けている。それを知っている周りの雰囲気はぎこちない。まあ、それも僕が独りで過ごすようになってからは、そんな空気はなくなったように感じる。
学校に僕の居場所はなかった。
廊下を出ても、隣のクラスは通らないようにする。省吾がいるからだ。
移動教室の時は皆と違うルートを選ぶ。皆が通るルートは人通りが多い。そこを通ったりなんかしたら先輩達に会う可能性だってあるし、特に植木の剪定をする盛男さんと会う可能性がかなり高くなる。
だから僕は遠回りをする。誰も通らないような建物の裏手を通って、そこから回り込んで教室に入る。それでも見かけた時は、気づいていないふりして足早に通り過ぎるか、さらに遠回りをして逃げる。こんな感じで僕は冷や冷やしながら外を回っている。
でも、気をつけていても出くわす事はある。
「おーい、てつやー」
どこか遠くから声がする。
辺りを見渡したけど誰もいない。
「やっほー」ともう一つの声もした。
見上げると、新藤と椿が三階の窓から顔を出していた。遠くからでも二人の笑顔の眩しさが分かる。
この二人はどこからでも僕に声を掛けてきた。できれば放っておいてほしい気持ちがあるけど、少しだけ救いでもあった。
特に、新藤がフレンドリーに声を掛けてくれるのは大きかった。新藤には恨まれていると思っていたからだ。
僕は、新藤の都大路デビュー戦のチャンスを潰してしまった。新藤は全国の舞台で走りたくてしょうがなかったと思う。インターハイで惨敗したからこそ雪辱の想いは絶対に強かったはず。
出たら絶対に活躍していた。脚光を浴びていた。新藤も自信を持っていた。
それなのに、その晴れ舞台を僕が潰してしまった。
新藤にも恨まれて当然だと思った。でも、今の新藤は笑顔で僕に手を振ってくる。本来なら賢人みたいな顔をされてもおかしくない。だから有り難かった。
「元気かー?」
愛嬌たっぷりの新藤と椿に、僕は遠慮気味に手を上げて応えた。新藤の声はよく通った。
「シバは元気にしてるのー?」
椿の声もよく通った。だんだん目立ち始めてきたので、僕はそそくさと逃げるように建物に入った。
あんだけ目立ってたら、駅伝部の先輩達が僕に気づく可能性だってある。そうなったら、僕は先輩達にどんな顔をしていいか分からない。気まずい事は間違いない。
学校のどこにいても居心地が悪かった。ずっとそわそわして落ち着かない。ストレスが溜まる一方だった。
家でもそうだった。僕に気の休まる場所はなかった。
この日の晩ご飯、全国男子駅伝のメンバーに選ばれた二人の話題が上がった。白々しい母に溜息が出そうになったけど、ご飯を搔き込んで押し込んだ。
「哲哉、応援に行くか?」
父が訊いてきた。僕はびっくりして「え?行くの?」と逆に訊き返した。
「当たり前さ。父母会の会長が行かないでどうする」
そう言った父に、まだやってるのかよ、と言いそうになったけど寸手の所で飲み込んだ。
息子が部にいないわけだから、普通は辞めるはずだ。
それなのに、父は息子を押し退けてまでしゃしゃり出ようとしてる。どう考えても辞めた僕への当てつけとしか思えない。本当にムカつく。
「テレビでいいよ。そっちの方が楽しめるし」
そんな事を言った自分にまたムカついた。
行きたいに決まってる。二人を応援したい。でも僕にそんな資格はない。
僕は二人を裏切った。そんな奴は遠くで見ているしかない。輪に入っちゃいけない。もう分かち合っていないのだから。
部屋に戻るとスマホを手に取った。画面を見ると、またギガがなくなっていた。
溜息を吐いてスマホをベッドに投げ捨てた。
つづき
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