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【短編小説】望月パセリとつきあうということ(3/4)
大晦日、僕は大学近くの自分のアパートに、初めてパセリを招待した。
僕は実家に帰らないし、パセリも帰らないというので、年越しを一緒に過ごすことにしたのだ。
部屋をこれでもかというほど片づけて、こたつの上にカセットコンロを設え、鍋の材料もみんな買ってきた。
白菜、にんじん、ねぎ、しいたけ、えのき、鮭の切り身、鶏肉、木綿豆腐、マロニー。締めの雑炊のためにご飯も炊いたし、卵もある。スープは市販のしょうゆ味だ。
パセリを駅まで迎えに行き、そこから徒歩十分のアパートについた。
「初めての純くんち! 綺麗にしてるんだね」
とパセリは言ったが、実はついさっき綺麗になったばかりだ。
もっとも、美大生を感心させられるようなお洒落さなんてさっぱりない。パセリの部屋はさぞかし面白いんだろうなあ、とぼんやり思った。
パセリは台所に置かれた材料を見て
「純くん。水菜ない」
と言った。
「え……」
水菜を買うのを忘れたのは事実だ。随分鍋なんてやっていないから、なにを入れるかなんて忘れてしまった。
「ないとだめ? 水菜」
「ないとだめ!」
パセリはきっぱり言って
「私、すぐ買ってくる。来る途中にスーパーあったよね。ちょっと行ってくる」
と言って、小さな赤いリュックを背負い、靴を履きなおした。
「ごめんね」
僕が声を掛けると
「全然だいじょうぶ! すぐ戻って来る!」
と言って、出て行ってしまった。
スーパーまでは徒歩五分。水菜を買うだけだから、すぐに戻って来るだろう。僕は材料を切っておくことにした。
すっかり材料を切って食器もぜんぶ準備したところで、はたと気づいた。
パセリの帰りが遅すぎる。
時計を見ると、四十五分以上は経過していた。
道がわからないとか? まさか。スーパーは目と鼻の先だ。
水菜がなかったのかもしれない。僕のアパートがわからなくなってしまったのかもしれない。僕はパセリにラインを送った。
「いま、どこにいますか?」
ラインはいつまでも既読にならない。着信に気づいていないのかもしれない。もう一度送った。
「いま、どこにいますか?」
やはり既読にならない。
あんまりしつこくしてもなあ。おとななんだし、携帯も持ってるはずだし、連絡を取ろうと思えばすぐにできるはずだ。
まったくパセリときたら、いらないラインは送って来るくせに、肝心なときに連絡ひとつ寄こさないんだから。
そう思って、鍋を用意しようとしたら、救急車のサイレンが聞こえたような気がした。かすかに。
気のせいか? それともなにかあったのか? パセリに。急に背筋が寒くなった。
なぜかそのとき、パセリの左手の短い薬指が浮かんだ。
あの指は大事な指だ。婚約指輪をはめたり、結婚指輪をしたり。パセリの指では、指輪をすぐに失くしてしまうだろう。
そんなことを考え始めて、やめた。
パセリはきっとだいじょうぶだ。決して交通量の多い道でもないし、事故に遭うなんて考えにくい。スーパーまで迎えに行ってみるか? いや、まず電話だ。
僕はパセリに電話を掛けた。
しばらくすると、留守電応答メッセージが流れてしまった。気が付いていないのか? 二回目も同じだった。
三回目に鳴らすと、電話がつながった。
「もしもし」
知らない男の声だった。
「あ、間違えました」
とっさに言って、電話を切ろうとしたら
「たぶん間違えてないですよ」
と男が言った。
「え? じゃあ、あなた誰ですか?」
短い時間にいろいろなことを考えた。
「私はスーパー中村の店長です。電話に出るべきかどうか迷ったんですが、あんまり鳴っているので」
男は答えた。
「パセリになにかあったんですか?!」
「パセリ?」
「望月パセリのことですよ! その携帯の持ち主の」
語気を荒げてしまった。
「ああ。あの二十歳くらいの女の子ね。あの子はだいじょうぶですよ」
店長さんは言って、ことのいきさつを説明してくれた。
ある年配の婦人が、手押し車を押して店のそとに出ようとしたとき、派手に転倒してしまったらしいのだ。
袋詰め台のところにいたパセリは、真っ先に婦人のもとに駆け付けた。
自分のリュックも、水菜も放り出して。
助け起こそうとしたが、婦人は腰を痛めてしまったらしく、ひどく痛がって立ち上がれなかった。
店員が救急車を呼んで、店員とパセリは付き添いで救急車に乗り込んだ。
パセリのリュックと水菜は、放置されたまま店に残った。
どうもそういうことらしいのだ。
「よかったですよ。リュックの持ち主の知り合いがわかって。このままだったらどうしようと思っていましたから」
店長さんは言った。
「病院はどこですか?」
「シラサギ病院だと、さっき店員から連絡がありました」
「じゃあ、僕もそこに―――」
焦る俺に、店長は言う。
「だいじょうぶですよ。店員もパセリさんを連れてタクシーで帰って来るだろうし。お宅まで送りますよ。もしかして、彼氏さんですか?」
「は、はい。そうです」
改めて彼氏かと訊かれると、ちょっとむずがゆいところはある。
「いい彼女さんをお持ちですね。あんないい子はちょっといないですよ」
店長の言葉に、なんだか胸が温かくなった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
電話を切って、鍋の材料にラップを掛けて冷蔵庫に入れた。
―――いい彼女さんですね。あんないい子はちょっといないですよ―――
店長の言葉が、いつまでも頭のなかでこだましていた。
夕方になって、パセリが水菜とリュックを持って帰ってきた。
鍋をつつきながら、おばあさんのはなしを聞いた。
骨折には至らなかったそうで、なによりだと思った。
おばあさんの娘が病院に駆け付け、パセリたちは帰ってきたのだという。
その夜、年が新しくなるその夜に、僕は初めてパセリを抱いて眠った。
パセリの身体はとても細くて柔らかく、壊さないようにやさしく抱きしめた。
(つづく)
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