【小説】園子シリーズ『園田将一郎の憂鬱』(2/3)
次に目を覚ましたときには、傍らには園子はいなくて、リビングダイニングに行くと味噌汁の匂いが漂っていた。
ニットにしゅっとした黒のズボンの上からエプロンをつけた園子が、台所で格闘している。
「おはようございます、園子さん。すいません、寝坊してしまって、朝ごはんの準備……」
と言いかけると、園子は
「いま話しかけないでください。決戦場です!」
と言ってきた。
決戦場とは、これまた大げさな。
と思ったけれど、園子に怒られるのもなんなので、こそっと洗面所へ行って、顔を洗い、歯を磨いた。
戻ってみると、ダイニングのテーブルにぐちゃっとした目玉焼きがふたつ置いてある。
決戦場ってこれか、と納得する。
「将一郎さん! ぼけっとしてないで、ごはんよそってください!」
厳しめの園子の声に、はいっといい返事をして、ごはんをよそる。
茶碗は食器棚にいかにも新しそうな夫婦茶碗があったので、それにする。
箸を準備していると、園子がお椀をふたつ持ってきた。
「お味噌汁です」
「は、はい」
「じゃあ、いただきましょう」
「は、はい。じゃあ、いただきます」
将一郎は味噌汁に手を伸ばした。
すすってみる。ちょっと辛い。
ちょっと箸を動かしてみる。
ん? もうちょっと大きく箸を動かす。
まさか……なにも入っていない?!
いや、怖い怖い怖い怖い! 味噌汁の具はなんですか、なんて怖くて訊けない!
諦めよう。目玉焼きならだいじょうぶだ。目玉焼きにソースは……
「あの、目玉焼きにソー―――」
訊こうとしたところで、園子に先手を打たれた。
「目玉焼きに醤油派ですか、ソース派ですか?」
「そうですね。僕はソー―――」
「私は、ソースはどう考えても合わないと思うんです」
園子は僕の話を聞いているのだろうか、と将一郎は不審に思う。
「そうですか。でも僕はどちらかというと、ソースのほうが―――」
「ないです、ソース。買いに行かないと」
なんと! そういうことだったか。
「わかりました。きょうのところは諦めます……」
将一郎は小さく言って、こころのお買い物メモに「ソース」としっかり書き込んだ。
(明日につづく)
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