【短編小説】天空レストランの紳士(1/3)
内藤明日香は、とかく老人にモテる。
どこか野暮ったいからなのか、今時じゃない感じがするのか、七十超えたぐらいの男のひとに、親切にしてもらえることが多い。老人たちの満面の笑顔に、笑顔で返して挨拶してしまうから、親しみを抱きやすいのかもしれない。
どうして男はいつまでも、男であることをやめないのだろう。
女性目線で描いた、歳の差恋愛のすれ違いのものがたり。
内藤明日香は、とかく老人にモテる。
どこか野暮ったいからなのか、今時じゃない感じがするのか、七十超えたぐらいの男のひとに、親切にしてもらえることが多い。
老人たちの満面の笑顔に、笑顔で返して挨拶してしまうから、親しみを抱きやすいのかもしれない。
内藤明日香は、年下にもモテる。
慕ってくる彼らには、明日香が愛想の良さの裏に抱えている、深い孤独や闇までもみえている。
それを大人びていると誤解するのか、明日香が人生の深淵や世界の真理を掴んでいるとでも思うのか、憧れの眼差しで甘えてくるので厄介だ。
知るものか! 人生の深淵とか、世界の真理なんて。明日香はまだ二十六歳で、ひよっこの人生駆け出しなのだ。
同世代から、数歳年上の男性となると(その世代は、明日香が恋愛や結婚をイメージできる世代なのだけど)、明日香が深い孤独と闇のなかで、溺れかかっているのまでみえている。
溺れる者に安易に手を伸べたら、引きずり込まれて自分も溺れる。
だから、その世代に圧倒的に明日香はモテない。
今日、明日香は廊下で、渡良瀬取締役に声をかけられた。「内藤さん、今度、仕事終わりに食事でもどう?」と。
渡良瀬取締役には、妻も子供も孫までいる。感じのいいおじいちゃん。そう思っていた。
はるか年上のひとに好かれるのは、悪いことばっかりじゃない。
彼らは豊富な知識や経験と、たくさんのお金をもっている、はず。
話は面白いし、余裕があるし、若い娘には優しいし、食事に行くぐらい、なんの抵抗もなかった。
渡良瀬取締役は明日香のすぐ隣のブロックに席がある。
毎日、お茶をすすりながら、新聞読みながら、隣の石井部長と哲学めいた論議をずっと交わしている。暇なのだ。
それでも二千人いる企業のなかで、たった十数人しかいない取締役まで昇りつめるのは、簡単なことではないだろう。要するに、たぬきなのだ。
明日香は甘っちょろいから、そこのところに気が付かなかった。
約束した夜、明日香は楓の街路樹の下で、渡良瀬取締役の車を待った。
お盆を過ぎると、急に空気が秋めいてくる。
まだ日中は暑いし、湿度も高いけれど、匂いが違う。楓の葉を鳴らす風の音も、夏の終わりを告げているように感じた。
虫には詳しくないけれど、鳴いている虫が変わったのはわかる。セミではあるけど、秋の訪れを知らせるセミの声だ。
渡良瀬取締役は、黒塗りのベンツでやってきた。誰でも知ってる、あのエンブレム。
すうっと明日香の脇に停めると、わざわざ降り立って助手席のドアを開けてくれた。クラッシックな紳士だなあ、と思った。タイムスリップしたみたいだ。
車に乗り込むと、渡良瀬取締役は「隣の街まで行く」と言う。三十分くらいかかるそうだ。
正直、めんどくさい、と思ってしまった。そこまで期待してないのに。この街じゃだめなの? と。
もしかしたら渡良瀬取締役は、社員の誰かとばったり出くわすことを恐れているのかもしれなかった。
明日香からしてみれば、やましいことはなにもない。食事に行くだけなのだし、これだけ歳も離れているし、相手は家庭のあるおじいちゃんなのだ。
車中にずっと、海外の女性アーティストの澄んだ歌声が流れていた。歌声は若く、柔らかく、のびやかで、落ち着くメロディだ。英語ではない言語。
この柔い感じは、フランス語あたりかな、と明日香は思う。
聴くとはなしに聴いていた。夜の二車線道路は空いていて、街の灯りが流れては消える。
(二話につづく)
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