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【小説】園子シリーズ『園田将一郎の憂鬱』(1/3)
※この物語は、『中川園子の憂鬱』のつづきのおはなしです。一応リンクは貼りましたが、前作を読んでいなくてもお楽しみいただけると思います。
「これからは、貴方の色に染めてください」
日付が回ったばかりの市役所から出て、街灯が冷たい光を放つ人気のない道を歩いているときに、園田園子が(つい先ほどまでは中川園子だった園田園子が)珍しくしおらしいことを言ったので、将一郎のほうは、驚きを通り越して呆れてしまった。
わずか二か月の付き合いではあるが、園子がそんな簡単にひとの色に染まるような女じゃないことぐらいわかりすぎるぐらいわかっている。
将一郎はそれを、園田園子の精一杯の想いなのだと捉えた。
「園子さん、いいんですか? 僕の色に染まっちゃっても」
ふざけた感じで園子に寄ると
「はい」
と答える。いい意味でも悪い意味でも、園子には冗談が通じない。
「本当は、誰かにそう言えって言われたんじゃないですか?」
つないだ手をぎゅっと握ると
「どうして知ってるんですか?!」
と、園子はすっとんきょうな声を上げた。
「誰に言われたんですか?」
「……母です」
やっぱりか。
判で押したような笑顔を欠かさない園子の母親は、やっぱり園子と同じようにずれていて、判で押したようなことしか言わないのだ。
「いいですよ。園子さんはそのままで。僕の色に染まる必要なんてない」
と言うと、園子は心底安堵したように
「良かった……。染まるという言葉の意味はわかっても、具体的な事象に置き換えて、将一郎さんの色に染まるというのは、なにをどう変更したらいいのかわからなかったんです」
と言った。
やっぱりか。見当はずれの努力をされる前に言っておいてよかった。
「将一郎さん、きょうはなにをしますか?」
「大掃除かな。僕が本格的に引っ越してくる前に、掃除したいって園子さん言ってたでしょう? でもまだ日付が変わったばかりだから、昼まで抱き合って眠りましょう」
と言うと、園子は「むふっ」という声を出して、顔を真っ赤にした。
可愛い。うぶな園子、めっちゃ可愛い。
腕のいい外科医で、病院でもばりばり活躍しているらしい園子は、頭はいいけどちょっと空気が読めなくて、四十六歳までなかなか婚期が来なかった。
でもそのおかげで、将一郎の奥さんになった。
ひとがわからないこのひとの良さがわかるのが、将一郎は嬉しい。
将一郎と園子は、マンションに帰りつくと、シャンパンを飲んで抱き合って眠った。きょうが彼らの結婚記念日になるのだ。
このマンションはもう十五年ぐらい前に園子が購入したものだ。
結婚相手はいないけど、将来結婚しても子供ができても困らないように、ファミリータイプのマンションを買ったのだという。
園子の人生設計はその後だいぶ狂ってしまったが、子供はともかく、伴侶は得られた。
ここに一緒に住んで欲しいという園子の願いに将一郎は異論はなかった。
ここは、園子の頭のなかのように、整然として、飾り気がなく、清潔だった。
(明日に続く)
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