【長編小説】六花と父ちゃんの生きる道第十四話 六花のふたつのお願い
「十一月四日、十九時に魚政予約したから―――」
早く帰ってきて、は、おかしいか。そもそも会社行ってないし。いつまで行かないつもりなのか知らないけど。
「一緒に行こうね。実は成り行きで、勝手に予約しちゃったの。申し訳ないけど、お会計、お願い。」
六花は言った。
十一月四日、という日付に思い当たることがあったのだろう。父ちゃんの眼差しが、少し曇ったけど
「了解。ありがとう。」
と言ってくれた。
「もうひとつ。私はお母さんの写真、探してるの。その……やっぱり写真を遺影にしたくて。お母さんが一番綺麗に映っている写真がいいと思うの。だけど、見つけられなくて。父ちゃん知ってる? 写真、どこに保存してるか。」
「知ってる。パソコンのなかに、全部取り込んである。日付とイベントを記したホルダー別に綺麗に整頓してあるよ。どうだ、六花。父ちゃんは仕事できるんです。」
「ほんとだ! すごい!」
仕事のできる父ちゃんでほんと良かった、と六花は思った。
「だけど、遺影探しはまた別の日にしよう。父ちゃんが休みの日、六花が帰ってきてから。もうすぐ十一時だぞ。良い子はもう寝ないと。明日、学校だろう。」
六花はものすごくびっくりした。
「はい?! なに言ってんの? じゃあ、父ちゃんは明日会社行くわけ?」
「なに言ってるんだ。行くに決まってるだろう。」
え? 行くに決まってるの? いつのまに?!
「いままで行ってなかったじゃん! どうして行く気になったの?」
「なに言ってるんだ、六花。たこ食べたろう!」
父ちゃんは真顔で言い放った。恐るべし、たこ! 効きすぎだろ、たこ! 六花は一瞬、もっと早く食べさせればよかったと思ったのだけど。
やはり、このタイミングだったのだろう、と思いなおした。父ちゃんにも六花にも、時間が必要だった。
もちろんいまも、心臓に何本も剣が刺さっているかのようにずたぼろで、流れ出す血は止まっていない。だけど、血にまみれてでも、一歩、踏み出すのだ。
「父ちゃん、私、明日起きられるか自信ないよ。」
六花はこころの準備ができてないまま、学校に行くことになってしまったので不安だった。
「だいじょうぶだ。父ちゃんが起こす。」
ずーっと寝てたくせに。あんまり信用できないなあ。という目で見ていると
「だいじょうぶです! 父ちゃん、仕事、できるんで!」
と父ちゃんは言った。
それから
「無理、しなくていいんだぞ。最初から最後まで学校にいなきゃと思うから、気が重いんだ。顔出してから、保健室で寝ててもいいし、途中で帰ります、っていうのもありだ。ちゃんと先生に断ってな。まずは朝の会にだけは出なさい。いきなり全部がんばるなんて、大変じゃないか。」
と、優しく厳しく言った。
六花は父ちゃんのことを、ちょっと気の毒に思った。父ちゃんはおとなだから、六花の学校のようにはいかないんだろう。
ものすごく怒られるんだろう。もしかしたら首かも。そしたらふたりでたこ焼き焼きながら、日本中を廻ろう。
そこまで考えたら、なんかすっきりした。どん底まで想像した。だから、だいじょうぶ。どうとでもなるさ。
明日の朝は、中村くんが迎えに来る。このタイミングで学校に行くことになったのは、六花にとってはむしろ不都合に感じた。
きっと中村くんのおばさんは、自分の言葉が功を奏したと受け取るだろう。でも内実は、あまり関係ない。
これを機会に、どんどん家のことに口を出されるのは、ちょっとやだな。なにせ、家が近所なのだ。迎えが来る前に、とっとと学校に行ってやろうかしら。
でもそうすると、なんの罪もない中村くんが、振り回されるはめになる。
悩みって、なんだかんだで無くならないな。小学生だって、生きるのは結構むずかしい。
でも、父ちゃんとのタイミングを合わせることが、いまは一番大事なことだと思った。この勢いに乗らないのは、絶対に損だ。
中村問題をどうするかは、朝の気分で決めよう、と六花は思った。
それから六花と父ちゃんは、後片付けと洗い物をした。たこ焼きは全て焼いてしまっていたけど、二十個くらい余っていた。
明日の朝ごはんになっていい、と思っていると、父ちゃんが米を炊くと言い出した。
「ごはん炊くの? おかず、たこ焼き? えー、合わない。大阪人じゃないんだし。」
六花が不満を言うと、父ちゃんは
「なにを言ってるんだ、六花。いいものがあるじゃないか。」
と言う。
「あ。卵! 卵かけごはんだ!」
六個パックを買って良かったと思う間もなく、父ちゃんに、
「六花はつまらない人間になった。」
と、意味のわからないだめ出しをされる。
「どういうこと? おかずになるものなんて、なんにもないよ?」
すると父ちゃんは、すすっと冷蔵庫に歩み寄り、
「じゃじゃーん!」
となにか取り出した。バター。え、バター?! 六花は、父ちゃん、天才! と思ってしまった。
「あー! あつあつごはんに、バターを乗っけて!」
六花が言うと、
「そこにお醤油をひと垂らし!」
と、父ちゃん。
「最高! 父ちゃん、天才!」
おとなが絶対やっちゃだめなやつ。お母さんに見つかったら、怒られるやつ。さすがだ。永遠のピーターパンおじさん。
(第十五話……最終話につづく)
お読みいただきありがとうございました!
※たこの秘密については、第四話をお読みいただくとわかります。