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【短編小説】天空レストランの紳士(2/3)

(前回のおはなし)

内藤明日香は、七十代の男性、渡良瀬取締役に誘われて、食事に行く。
明日香にとって取締役は、単に親切なおじいさんだったはずなのだが。

 

 連れて行かれたのは、街で一番高いビル。夜景の見える最上階の、眺望レストランだった。

 エレベーターを降りると、白い布を掛けた左手を、直角に曲げたウエイターが待っていた。明らかにこれは高い店だ。お金持ちだね。偉いひとだもんね。

 ウエイターに椅子を引いてもらって席につく。真っ白な内装、白い布を掛けた広めのテーブル。中華の店のようだ、となんとなく感じた。

「適当に頼んでいいかな。」
 取締役の質問に、はい、と答える。彼はウエイターに、次々料理を注文していった。

「お酒は? グラスのシャンパンでももらう?」
 明日香は、
「お酒はあまり得意でないので、結構です。」
 と答えた。

 車で帰る取締役は、どうせお酒を呑めないのだ。シャンパンを呑んだことがないからちょっと気にはなったけど、お酒が苦手なのは本当だ。

「じゃあ、フカヒレのスープでも頼もうか。」
 明日香はそのとき、取締役の手にしていたメニューの値段を見てしまった。

 フカヒレのスープ、一杯三千七百円。思っていたより、はるかにとんでもないところに来てしまったようだ。

 でもなぜか、明日香の胸は全然高鳴らないのだ。

 お金は大事だと思っているし、お金のことで苦労するのは嫌だけど、身の丈に合わない贅沢にそんなに価値があるとも思えない。大切なものは、きっとお金を積んでも手に入らない。

 豪快に使うお金も、清貧な暮らしをしてこつこつ貯めこんだ挙句、一生使うことなく遺産として相続される莫大なお金も、どちらにしても、明日香には「違う」のだった。

 やってきたフカヒレのスープは、小さいカップにほんとに一杯で、美味しかったけど、その美味しさと値段とが釣り合っているとは思えなかった。

 食べきれないほどたくさんの大皿料理がやってきて、どれもこれも美味しかったけど、自分のお金を出してまで食べたいと思わない。だってきっと、すごく高いに違いないから。

 取締役は食通のようだった。そしてちょっと居心地の悪くなるような話を始めたので、明日香は身構えた。

 彼は、九州には美味しいものがたくさんあるから、一緒に行こうと言い出したのだ。

「いまは日帰りで行けちゃうよ、九州なんて。朝一の飛行機に乗って、最終便で帰ってくれば問題ないでしょ。」
 と、取締役は言った。

 明日香にしてみれば、問題大ありだ。

 いくらうかつな明日香でも、最終の飛行機に確実に乗り遅れることぐらい、わかっていた。

 行ってしまえば最後、言い訳や理由なんていくらでも作れる。「会社の偉いひと」である取締役を拒んでみたところで、いいことなんてひとつもない。

 結局、明日香はその話に乗らなかった。

 食事もあらかた食べたところで、お手洗いに行くことを勧められた。帰り道も長いから、と。

 そして、ぴかぴかに磨かれた鏡の前で手を洗って出てみると、「行こう。」と彼は言った。なんのことはない、トイレに行かせている間に、会計は済んでいるのだった。

 古き良き時代のジェントル。今時の男の子は、きっとそんなことしない。


(三話につづく)

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