【短編小説】天空レストランの紳士(2/3)
連れて行かれたのは、街で一番高いビル。夜景の見える最上階の、眺望レストランだった。
エレベーターを降りると、白い布を掛けた左手を、直角に曲げたウエイターが待っていた。明らかにこれは高い店だ。お金持ちだね。偉いひとだもんね。
ウエイターに椅子を引いてもらって席につく。真っ白な内装、白い布を掛けた広めのテーブル。中華の店のようだ、となんとなく感じた。
「適当に頼んでいいかな。」
取締役の質問に、はい、と答える。彼はウエイターに、次々料理を注文していった。
「お酒は? グラスのシャンパンでももらう?」
明日香は、
「お酒はあまり得意でないので、結構です。」
と答えた。
車で帰る取締役は、どうせお酒を呑めないのだ。シャンパンを呑んだことがないからちょっと気にはなったけど、お酒が苦手なのは本当だ。
「じゃあ、フカヒレのスープでも頼もうか。」
明日香はそのとき、取締役の手にしていたメニューの値段を見てしまった。
フカヒレのスープ、一杯三千七百円。思っていたより、はるかにとんでもないところに来てしまったようだ。
でもなぜか、明日香の胸は全然高鳴らないのだ。
お金は大事だと思っているし、お金のことで苦労するのは嫌だけど、身の丈に合わない贅沢にそんなに価値があるとも思えない。大切なものは、きっとお金を積んでも手に入らない。
豪快に使うお金も、清貧な暮らしをしてこつこつ貯めこんだ挙句、一生使うことなく遺産として相続される莫大なお金も、どちらにしても、明日香には「違う」のだった。
やってきたフカヒレのスープは、小さいカップにほんとに一杯で、美味しかったけど、その美味しさと値段とが釣り合っているとは思えなかった。
食べきれないほどたくさんの大皿料理がやってきて、どれもこれも美味しかったけど、自分のお金を出してまで食べたいと思わない。だってきっと、すごく高いに違いないから。
取締役は食通のようだった。そしてちょっと居心地の悪くなるような話を始めたので、明日香は身構えた。
彼は、九州には美味しいものがたくさんあるから、一緒に行こうと言い出したのだ。
「いまは日帰りで行けちゃうよ、九州なんて。朝一の飛行機に乗って、最終便で帰ってくれば問題ないでしょ。」
と、取締役は言った。
明日香にしてみれば、問題大ありだ。
いくらうかつな明日香でも、最終の飛行機に確実に乗り遅れることぐらい、わかっていた。
行ってしまえば最後、言い訳や理由なんていくらでも作れる。「会社の偉いひと」である取締役を拒んでみたところで、いいことなんてひとつもない。
結局、明日香はその話に乗らなかった。
食事もあらかた食べたところで、お手洗いに行くことを勧められた。帰り道も長いから、と。
そして、ぴかぴかに磨かれた鏡の前で手を洗って出てみると、「行こう。」と彼は言った。なんのことはない、トイレに行かせている間に、会計は済んでいるのだった。
古き良き時代のジェントル。今時の男の子は、きっとそんなことしない。
(三話につづく)
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