大前研一 名言集 『質問する力』(2)
『質問する力』(2)
『質問する力』(初版 2003年3月1日 文藝春秋)は、<人生をより良く生きるための武器である「質問する力」>を多数の具体例を挙げて詳述した本です。
今でこそ「質問力」をテーマにする本はかなりありますが、19年前に出版された本書はこのテーマの最初の本と言えるかもしれません。
アフターゲイツ時代の第三の特徴は、インターネットによって世界の企業の経営が一新されたこと
瑕疵担保条項
ムーディーズは単に日本政府が借金を返せるかどうかを見ているにすぎません
➳ 編集後記
『質問する力』(初版 2003年3月1日 文藝春秋)は、<人生をより良く生きるための武器である「質問する力」>を多数の具体例を挙げて詳述した本です。
🔶 大前氏は自分で考え出したことを自ら実践し、検証しています。仮説と検証を繰り返す行動の人です。
Think before you leap.(翔ぶ前に考えよ)という諺がありますが、Leap before you think.(考える前に翔べ)もあります。
あれこれ考えて、難しそうだからとか面倒くさそうだからやめようでは成長しません。
まず、やってみるという姿勢が大切です。
大前研一氏は、常に物事の本質を述べています。洞察力が素晴らしいと思います。ハウツーものは、その内容がすぐに陳腐化するので読みません。
➔ 大前氏の今回の言葉も、私たちが忘れがちな重要なことに気づかせてくれます。
🔷 1991年に日本のバブルが弾け、金融機関は不動産に過剰な掛け目(*)で貸出していたために不良債権化しました。
具体的には、不動産に120%~150%の評価をしていたのです。200%という異常な数値もあったようです。担保価値の倍以上でも不動産価値の異常な上昇(実態との乖離)で売れると勘違いしていたのです。バブルに浮かれていたのでした。
不良債権処理がうまくできなかった銀行は破綻しました。破綻した銀行は米国の「ハゲタカファンド」と揶揄された企業によってタダ同然で買収され、瑕疵担保条項を盾にとり日本政府に高い価額で引き取らせました。
(*)「金融機関が貸し出しをする際、当該貸出の担保物件(不動産や株式など)の価値を算定、この担保価値に一定の率(たとえば預金は100%、優良上場企業の株式は80%~90%、不動産は80%まで等)を掛け、その額を上限に貸出することが多い」(「掛け目とは?」を参照してください)
破綻した銀行を救うために、公金という名目の莫大な税金が投入されたことは言うまでもありません。姿を消した銀行も多くありました。
ムーディーズやスタンダード・アンド・プアーズは民間の格付機関です。
一応、関係者には信頼されていますが、あくまで「民間の格付機関」であって、公的機関ではないことに注意が必要です。
大前氏の著作を読むと、いつも知的刺激を受けます。
数十年前に出版された本であっても、大前氏の先見の明や慧眼に驚かされます。
『企業参謀』(1985/10/8 講談社)という本に出会ったとき、日本にもこんなに凄い人がいるのか、と驚嘆、感嘆したものです。
それ以降、大前氏の著作を数多く読みました。
その本が好評であったため、『続・企業参謀』( 1986/2/7 講談社)が出版され、その後合本版『企業参謀―戦略的思考とはなにか』(1999/11/9 プレジデント社)も出版されました。
🔶 大前氏は経営コンサルタントとしても超一流でしたが、アドバイスするだけの人ではありませんでした。自ら実践する人です。有言実行の人です。起業し、東京証券取引所に上場しています。現在は代表取締役会長です。
大前氏の本には、ものの見方、考え方を理解する上で重要な部分が多くあります。大前氏の真意を深く考えなくてはなりませんね。
この元記事は14年前にFC2ブログで書きました(2008-02-27 11:15 by 藤巻 隆)。「新・大前研一名言集(改)」はかなりの量になりました。私にとっては、いわばレガシィです。
その記事を再編集しました。
✑ 大前研一氏の略歴
大前 研一(おおまえ けんいち、1943年2月21日 - )は、日本の経営コンサルタント、起業家。マサチューセッツ工科大学博士。マッキンゼー日本支社長を経て、カリフォルニア大学ロサンゼルス校公共政策大学院教授やスタンフォード大学経営大学院客員教授を歴任。
現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長[1]、韓国梨花女子大学国際大学院名誉教授[1]、高麗大学名誉客員教授[1]、(株)大前・アンド・アソシエーツ創業者兼取締役[1]、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長[1]等を務める。 (Wikipedia から)
大前研一氏の略歴補足
大前氏は日立製作所に勤務時、高速増殖炉もんじゅの設計を担当していましたが、原発の危険性を強く感じていたそうです。
その後、世界一の経営コンサルティングファームのマッキンゼーに転職。
マッキンゼー本社の常務、マッキンゼー・ジャパン代表を歴任。
都知事選に出馬しましたが、まったく選挙活動をしなかった青島幸男氏に敗れたことを機に、政治の世界で活躍することをキッパリ諦め、社会人のための教育機関を立ち上げました。BBT(ビジネス・ブレークスルー)を東京証券取引所に上場させました。
大前氏の書籍は、日本語と英語で出版されていて、米国の大学でテキストとして使われている書籍もあるそうです。