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【大人の流儀 伊集院 静 心に響く言葉】 Vol.72
大人の流儀
伊集院 静氏の『大人の流儀』から心に響く言葉をご紹介します。私は現在『大人の流儀』1~10巻を持っています。このうちの第1巻から心に響く言葉を毎回3件ずつご紹介していこうと考えています。全巻を同様に扱います。
時には、厳しい言葉で私たちを叱咤激励することがあります。反発する気持ちをぐっと堪え、なぜ伊集院氏はこのように言ったのだろうか、と考えてみてください。しばらく考えたあとで、腑に落ちることが多いと感じるはずです。
『大人の流儀3 別れる力』をご紹介します。
ご存知のように、伊集院氏は小説家ですが、『大人の流儀』のような辛口エッセーも書いています。
第一章 別れて始まる人生がある
「生きることの隣に哀切がある」から
伊集院 静の言葉 1 (213)
私たちは経験したことで何かを知る。何かとは、生きることである。経験と書いたが、それは時間と言ってもいい。生きる時間は常にそういうものとともに歩んで行く。
「生きることの隣に哀切がある」から
伊集院 静の言葉 2 (214)
弟の死は、私にふたつのことを教えた。
ひとつは自分が人生を決め、そこにむかって歩み続けること。もうひとつは命を大事にすること。前者は弟の残した日記を読み、私に生家の仕事を継がずに一人で新しい土地で生きることを選択させ、後者は通夜の席の弟の遺体の前の父と母の姿を見て、それまで何かにつけ人とぶつかり、殴り合いも初中後であった暮らし方をあらため、必要なら泥に額をつけても謝ることができるようにすると決めた(なかなか実行できなかったが)。
-----こんなことが自分を慕ってくれていた者の死をもってしかわからないとは……。
その思いは今でも私の内に残っている。
「生きることの隣に哀切がある」から
伊集院 静の言葉 3 (215)
人間は別れることで何かを得る生きものなのかもしれない。別れるということは、人間を独り立ちさせ、生きることのすぐ隣に平然と哀切、慟哭が居座っていることを知らしめる力が存在しているのかもしれない。
人は大小さまざまな別れによって力を備え、平気な顔で、明日もここに来るから、と笑って生きるものでもある。人間の真の姿はそういう時にあらわれる。
⭐ 出典元
『大人の流儀 3 別れる力 』
2012年12月10日第1刷発行
講談社
表紙カバーに書かれている言葉です。
人は別れる。
そして本物の大人になる。
✒ 編集後記
『大人の流儀』は手元に1~10巻あります。今後も出版されることでしょう。出版されればまた入手します。
伊集院静氏は2020年1月にくも膜下出血で入院され大変心配されましたが、リハビリがうまくいき、その後退院し、執筆を再開しています。
伊集院氏は作家にして随筆家でもあるので、我々一般人とは異なり、物事を少し遠くから眺め、「物事の本質はここにあり」と見抜き、それに相応しい言葉を紡いでいます。
🔷「人間は別れることで何かを得る生きものなのかもしれない。別れるということは、人間を独り立ちさせ、生きることのすぐ隣に平然と哀切、慟哭が居座っていることを知らしめる力が存在しているのかもしれない」
私は現在、元保護猫(キジトラ、オス、4歳)一匹と一軒家に住んでいます。
父は1998年6月に、妻は2015年8月に、母は2017年3月に、そして姉は2018年1月にこの世を去りました。そして、一人娘は2021年12月に結婚し家を出ました。
家族との別れは、すべて私の意思とはまったく関係なく訪れました。
私にとって、別れることで何が得られたのかと考えると、深い哀しみといろいろと世話になった感謝の気持ちです。
と同時に、大変世話になったことに対して、生前に何一つとしてお返しができなかったという後悔の念がずっと残っています。
時の経過とともに、居座っていた哀切と慟哭は徐々に遠ざかっていったようにも感じますが、家族の一人ひとりが亡くなった当時のことを思い出すと、どうして私から遠く離れて行ってしまったのだろうと感ぜざるをえません。
🔶『大人の流儀3 別れる力』について『由美子のいなくなった夏 亡き最愛の妻への想い』に言及しています。
伊集院静と城山三郎
『別れる力 大人の流儀3』
私が伊集院静さんに興味を持ったのは、彼の先妻が女優の夏目雅子さんであったこともありますが、『いねむり先生』という題名の小説を読み、不思議な感覚を味わい、また『大人の流儀』という辛口のエッセーを読んだからです。
夏目雅子さんのプロフィール
🔶 伊集院静氏の言葉は、軽妙にして本質を見抜いたものです。随筆家としても小説家としても一流であることを示していると私は考えています。
<著者略歴 『大人の流儀』から>
1950年山口県防府市生まれ。72年立教大学文学部卒業。
91年『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞、92年『受け月』で第107回直木賞、94年『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。
作詞家として『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』などを手がけている。
⭐ 原典のご紹介
⭐ 回想録
⭐ 私のマガジン (2022.12.17現在)
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![藤巻 隆](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/71125230/profile_41e0fc7128adbeae646dbc6dcf9ce0c0.jpg?width=600&crop=1:1,smart)