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【五木寛之 心に沁み入る不滅の言葉】 第14回

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之講演集


 五木寛之さんの『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』から心に沁み入る不滅の言葉をご紹介します。

 五木さんは戦時中から特異な体験をしています。
 「五木さんは生まれて間もなく家族と共に朝鮮半島に渡り、幼少時代を過ごしました。そこで迎えた終戦。五木さんたちは必死の思いで日本に引き揚げたそうです」(「捨てない生活も悪くない」 五木寛之さんインタビューから)


 今年9月に90歳になるそうです。今日に至るまで数多の体験と多くの人々との関わりを掛け替えのない宝物のように感じている、と思っています。

 五木さんは広く知られた超一流の作家ですが、随筆家としても、講演者としても超一流だと、私は思っています。

 一般論ですが、もの書きは話すのがあまり得意ではないという傾向があります。しかし、五木さんは当てはまらないと思います。 



「人は泣きながら生まれてくる」から

五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 1 (40)

 
 私たちは生まれてくる時に、画一的なヨーイドンでスタートするスタート地点が、みんな同じではないことを、うらむ必要はなにもないと思うのです。
 私たちは、非常に不自由に生まれてくる。
 そして、私たちが生まれてくるのは、そのようにひとりひとりが違った条件の下にあらかじめ定められて生まれてくるのと同時に、私たちがオギャーと誕生してくる時に、首筋にはスーパーの牛乳のように、有効期限八十年~百年という、スタンプが共通してペタンと押されているような感じがします。 

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之                  




「人は泣きながら生まれてくる」から

五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 2 (41)

 
 私たちが自分たちの知らない、見えざる力でこの世界に誕生させられる現実世界というのは、シェイクスピアのことばを借りますと、「おろかしくも滑稽こっけい愚劣ぐれつな劇が演じられる円形の舞台である」。まさにその通りなのです。

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之                  



「人は泣きながら生まれてくる」から

五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 3 (42)

 
 私たちが生まれてくる世の中は、鳥は歌い、花は咲くというパラダイスではなく、はっきり言えば弱肉強食の修羅しゅらちまたである。そう言える面もあります。
 バブルの崩壊の後に、私たちはいわゆる和製の英語でいう、グローバル・スタンダードという市場原理のなかで、強い者は勝つことができるが、弱い者は退場しなければならないことをやむなくされている。まさにこれは弱肉強食の修羅の巷であると言えるのではないでしょうか。

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之                  


出典元

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編 五木寛之講演集』から
2015年10月15日 初版第1刷発行
実業之日本社




✒ 編集後記

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編 五木寛之講演集』は、講演集ということになっていますが、巻末を読むと、「2011年8月東京書籍刊『生かされる命をみつめて』『朝顔は闇の底に咲く』『歓ぶこと悲しむこと』に加筆の上、再構成、再編集したものです」と記載されています。

裏表紙を見ると、「50年近くかけて語った講演」と記されています。それだけの実績があります。

🔷 「私たちが生まれてくるのは、そのようにひとりひとりが違った条件の下にあらかじめ定められて生まれてくるのと同時に、私たちがオギャーと誕生してくる時に、首筋にはスーパーの牛乳のように、有効期限八十年~百年という、スタンプが共通してペタンと押されているような感じがします」

この表現はとても面白いと思いました。
特に「首筋にはスーパーの牛乳のように、有効期限八十年~百年という、スタンプが共通してペタンと押されているような感じ」という個所です。

なかなかこんな表現は思いつきません。さすがに一流の作家ですね。

五木さんは「生と死」について書いたエッセイが多くあります。

『天命』(幻冬舎文庫 平成20年9月20日 初版発行)というタイトルのエッセーがあります。

この本の冒頭に死について書かれた個所があります。

 死をどう受け入れ、どう乗り越えなければならないかという問題は、これまでずっと私の人生のなかでも最大の、そして最終的な問題と言ってもよいものでした。

『天命』 五木寛之 幻冬舎文庫                             

五木さんはこの本を書くまでに2度命拾いした体験を持っています。

1度目は新宿で工事現場近くを歩いていた時、巨大な鉄骨が落下してきた時のことです。

「一、二メートルの違いで、自分は命を失っていたかもしれないのです」。

2度目はデビューして数年目に流行作家として体を酷使していたころに死に直面した経験があるそうです。

「現在はすでにない赤坂のホテル・ニュージャパンに缶詰になって、一睡もせぬまま、二日目の徹夜を迎えていた夜明けです。
とつぜん、心臓が苦しくなり、呼吸ができなくなってしまいました。
(中略)
いま思い返してみても、やはりストレスによる一種の狭心症的な発作ほっさだったろうと思います」

体験者だからこそ書けることです。同様な体験をしたいと思う人はいないでしょうが…。


🔶 五木寛之さんの言葉は、軽妙洒脱という言葉が相応しいかもしれません。軽々に断定することはできませんが。

五木さんの言葉を読むと、心に響くという言うよりも、心に沁み入る言葉の方が適切だと思いました。

しかも、不滅の言葉と言ってもよいでしょう。



著者略歴

五木寛之ひつき・ひろゆき

1932年福岡県出身。早稲田大学露文科中退。67年、直木賞受賞。

76年、吉川英治文学賞受賞。

主な小説作品に『戒厳令の夜』『風の王国』『晴れた日には鏡をわすれて』ほか。

エッセイ、批評書に『大河の一滴』『ゆるやかな生き方』『余命』など。

02年、菊池寛賞を受賞。

10年、『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞受賞。

各文学賞選考委員も務める。







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藤巻 隆
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