見出し画像

【五木寛之 心に沁み入る不滅の言葉】 第3回

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之講演集


 五木寛之さんの『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』から心に沁み入る不滅の言葉をご紹介します。

 五木さんは戦時中から特異な体験をしています。
 「五木さんは生まれて間もなく家族と共に朝鮮半島に渡り、幼少時代を過ごしました。そこで迎えた終戦。五木さんたちは必死の思いで日本に引き揚げたそうです」(「捨てない生活も悪くない」 五木寛之さんインタビューから)


 今年9月に90歳になるそうです。今日に至るまで数多の体験と多くの人々との関わりを掛け替えのない宝物のように感じている、と思っています。

 五木さんは広く知られた超一流の作家ですが、随筆家としても、講演者としても超一流だと、私は思っています。

 一般論ですが、もの書きは話すのがあまり得意ではないという傾向があります。しかし、五木さんは当てはまらないと思います。 




「生かされる命をみつめて」から

五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 1 (7)

 
 自分を否定するということは、自分の命を放棄ほうきするということです。
 他人を否定するということは、他人の命をそこねるということです。
 現代は、自分の命を放棄する、他人の命を損ねるということが繰り返し繰り返しおこなわれています。そういうなかで私たちは、少し根本から考え直してみる必要があるのかな、と思ったりもします。
 つまり、自分たちの一部として体が病んでいる、病んでいるものに腹を立て、そしてそれを叩きつぶそうと考えるわけにはいかない。その痛みや苦しみや、うめき声というものに共感しながら、自然のなかで生きていくしかないのではなかろうか。共存ということを考えなければならない、というふうに思います。

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之




「生かされる命をみつめて」から

五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 2 (8)

 
 自己でないものを受け容れる力が免疫のなかにはあるのだと考えると、私たちはその寛容という考え方、受け容れるという考え方に、ある可能性を感じます。
 病を拒絶する、がんを拒絶する、非行を拒絶するという考え方ではなく、老いも、人間の生きる苦しみや悲しみも、それもぜんぶ認めて寛容する。
 この寛容という考え方が、ひょっとしたら二十一世紀の大きな合いことばになるのではないかと思うのです。

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之



「影の濃さに光を知る」から

五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 3 (9)

 
 たとえば、光と影という、対立する考え方があります。そして私たちは、どちらかというと影というものを嫌う。
 先ほど生と死のことに触れて、死が不吉なものであるという考え方がまだ根強いということを指摘しました。同じように、光と影ということばにしても、光はありがたい、明るいものである、影は暗くて嫌なものであると考えがちなのですが、本当は私たちの人生というものは、そのふたつによって満たされている。どちらが欠けても不充分である。そう考えていいのではないかと思います。
 しかし、人間というものはどういうわけか、光の方ばかりを見て、高く評価したり、憧れたりする傾向がある。

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之


出典元

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編 五木寛之講演集』
2015年10月15日 初版第1刷発行
実業之日本社




✒ 編集後記

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編 五木寛之講演集』は、講演集ということになっていますが、巻末を読むと、「2011年8月東京書籍刊『生かされる命をみつめて』『朝顔は闇の底に咲く』『歓ぶこと悲しむこと』に加筆の上、再構成、再編集したものです」と記載されています。

裏表紙を見ると、「50年近くかけて語った講演」と記されています。それだけの実績があります。

🔷 2015年8月に妻はがんで他界しました。入院期間はわずか19日間でした。「がんを拒絶する」ことができたら、亡くなることはなかったのでしょうか? 

妻は入院当初は「がんを拒絶する」ことができると考えていたように思います。しかし、1週間が過ぎた頃から自分の置かれた状況を受け容れ、覚悟するようになったように感じました。

それは、五木さんが指摘した「寛容」ということかもしれません。

生と死、光と影など、二項対立(二つの概念が存在しており、それらが互いに矛盾や対立をしているような様のことを言う Wikipedia から)は無数に存在します。

五木さんは、対立概念ではなく、共存概念であると述べています。
残念ながら、私たちは「光の方ばかりを見て、高く評価したり、憧れたりする傾向がある」ということになります。

しかし、影の部分を無視したり、捨てることはできないということでしょう。


🔶 五木寛之さんの言葉は、軽妙洒脱という言葉が相応しいかもしれません。軽々に断定することはできませんが。

五木さんの言葉を読むと、心に響くという言うよりも、心に沁み入る言葉の方が適切だと思いました。

しかも、不滅の言葉と言ってもよいでしょう。


著者略歴 


生かされる命をみつめて 自分を愛する 編 五木寛之講演集』から

1932年福岡県出身。早稲田大学露文科中退。67年、直木賞受賞。
76年、吉川英治文学賞受賞。
主な小説作品に『戒厳令の夜』『風の王国』『晴れた日には鏡をわすれて』ほか。
エッセイ、批評書に『大河の一滴』『ゆるやかな生き方』『余命』など。
02年、菊池寛賞を受賞。
10年、『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞受賞。
各文学賞選考委員も務める。






サポートしていただけると嬉しいです。 サポートしていただいたお金は、投稿のための資料購入代金に充てさせていただきます。