【大人の流儀 伊集院 静 心に響く言葉】 第75回
大人の流儀
伊集院 静氏の『大人の流儀』から心に響く言葉をご紹介します。私は現在『大人の流儀』1~10巻を持っています。このうちの第1巻から心に響く言葉を毎回3件ずつご紹介していこうと考えています。全巻を同様に扱います。
時には、厳しい言葉で私たちを叱咤激励することがあります。反発する気持ちをぐっと堪え、なぜ伊集院氏はこのように言ったのだろうか、と考えてみてください。しばらく考えたあとで、腑に落ちることが多いと感じるはずです。
『大人の流儀3 別れる力』をご紹介します。
ご存知のように、伊集院氏は小説家ですが、『大人の流儀』のような辛口エッセーも書いています。
第一章 別れて始まる人生がある
「別れの流儀 ギャンブル篇」から
伊集院 静の言葉 1 (222)
「出逢いが生きた証しなら」から
伊集院 静の言葉 2 (223)
「出逢いが生きた証しなら」から
伊集院 静の言葉 3 (224)
⭐ 出典元
『大人の流儀 3 別れる力 』
2012年12月10日第1刷発行
講談社
表紙カバーに書かれている言葉です。
✒ 編集後記
『大人の流儀』は手元に1~10巻あります。今後も出版されることでしょう。出版されればまた入手します。
伊集院静氏は2020年1月にくも膜下出血で入院され大変心配されましたが、リハビリがうまくいき、その後退院し、執筆を再開しています。
伊集院氏は作家にして随筆家でもあるので、我々一般人とは異なり、物事を少し遠くから眺め、「物事の本質はここにあり」と見抜き、それに相応しい言葉を紡いでいます。
🔷「出逢えば別れは必ずやって来る。それでも出逢ったことが生きてきた証しであるならば、別れることも生きた証しなのだろう」
昔から「逢うは別れの始め」と言います。
私の場合、相次ぐ肉親との別れは心に大きな深手を負いました。
1998年6月に父、2015年8月に妻、2017年3月に母そして2018年1月に姉が旅立ちました。
2021年12月に一人娘は結婚し新しい生活を開始しました。
私が結婚したのは35歳で、当時としては遅い方でしたので、娘はまだ20代後半です。
何で私だけが一人残されたのか?
時々考えることがあります。
何度考えても明確な結論は出ません。
そういう運命だったのだろうということだけです。
現在は、2018年8月から家族(私)の一員になった元保護猫のノア(♂ キジトラ 今年5月に5歳になる)との一人と一匹の生活をしています。
よく懐いてくれたので可愛くて仕方がありません。
🔶『大人の流儀3 別れる力』について『由美子のいなくなった夏 亡き最愛の妻への想い』に言及しています。
夏目雅子さんのプロフィール
🔶 伊集院静氏の言葉は、軽妙にして本質を見抜いたものです。随筆家としても小説家としても一流であることを示していると私は考えています。
<著者略歴 『大人の流儀』から>
1950年山口県防府市生まれ。72年立教大学文学部卒業。
91年『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞、92年『受け月』で第107回直木賞、94年『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。
作詞家として『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』などを手がけている。