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第8回 社長の思いを社内で共有していくための第1ステップとは

1 社長の思いの“表現”にはプロの力を借りていい、ただし…

 前回までは、社長の思いを伝えるために、「社長の思いを整理して分かりやすくまとめる方法」についてお話ししてきました。

 今回からはいよいよ、「社長の思いが込められた企業理念を、社内でいかに共有していけばいいか」に移ります。が、その前に社長の思いを「分かりやすくまとめる方法」の最後の部分、表現について、少し補足しておきます。

 社長は実現したい思いがあっても、一人ではなかなか実現できない。だからこそ人を集め、会社という組織を作って実現しようとしているのです。

 つまり、従業員や取引先、そしてお客様、社会や株主といった関係者(ステークホルダー)にも社長の思いを理解してもらう必要があります。中でも実現の実行部隊である従業員が理解できて実行に移せなければ、思いはただの“絵に描いた餅”で終わります。

 従って、今日入ったばかりの新人や短時間勤務のアルバイトの人でも理解できる表現であることが求められるのです。これには思いを上手に翻訳する技術、すなわち表現力が求められます。

 一例をあげましょう。私が新卒で入社しサラリーマン時代を過ごした株式会社リクルートには、創業期から成長期を支えていたこんな社訓がありました。「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」。

 リクルートという会社が従業員に求める価値観を端的に表現した言葉です。「自ら機会を創り出せ」とは同社にいる間にとどまらず、同社をいつか“卒業”することを前提としているかのような普遍性を含んでいます。

 社訓としての位置づけを失った今でも、この言葉の価値観に共感する人材が集まり、社内にいる人はもちろん、すでに退職してずいぶん経つOBの誰もがそらんじて言えるのです。中には興した新会社の社訓や理念にそっくりそのまま拝借している人までいると聞きます。

 会社を選ぶ時の価値観であり、新人やアルバイトの人でも読めば何を求められているかが一瞬にして分かる言葉。会社を辞めてからもずっと覚えていて、影響を与え続けている言葉。社長の思いの表現力がいかに重要かを示している事例です。

 リクルートの「自ら機会を創り出し…」の旧社訓の表現はどうやって生み出されたのでしょうか。当時をよく知るOBに聞いたところ、創業者と社内のコピーライターが力を合わせて生み出した言葉だそうです。

 採用広告を事業としているので社内に文章作成のプロがいたのです(ちなみに私も採用広告のコピーライティングとディレクターを10年くらい担当していました)。

 経営者はコピーライターである必要はありません。むしろコピーライティングで悩んでいる時間があったら、未来への戦略を考えたり、現場に足を運ぶべきでしょう。

 社長の思いや理念の言葉の表現はプロに任せていいのです。いえ、よほどの文才の持ち主でない限り、プロに任せた方がだれもが理解しやすい良い表現になるのです。

 では社長が表現についてするべきことは何か。それは“決める”ことです。

 プロが出した案の中から、自社の従業員の顔を思い出しながら、新人やアルバイトやパートの人の顔を思い出しながら選んで“決める”ことなのです。

 私が社長の思いや理念の言葉の表現をお手伝いするとき、社長にあえてお願いすることがあります。それは私が考えて出した表現案をそのまま採用しても、“これはプロに考えてもらったものだ”と言わないでくださいということです。

 なぜならそう言ってしまったとたんに、従業員は「なんだ、社長の言葉ではないのだ。借りてきた言葉なのだ」と感じてしまうからです。

 私はなるべく現場で働く人や新人やアルバイトの人にも話を聞きながら、一方で社長へインタビューしながら本人が使いそうな言葉を慎重に選んで表現するようにしています。社長に確認してもらいたいのは、その表現が自分の言葉だと思えるかどうか。

 表現案をご提案してその場でOKをいただいても、そこで決定とはしません。「今日から毎日何度も声に出して言ってみて、違和感を覚えないか、自分の言葉になっているかチェックしてみてください」と告げて、しばらく待つようにしています。

 何度も声に出してみて、「違和感はない、これは自分の言葉だ」と思えたときこそが本当のOKなのです。

 その時、プロから提案して採用した表現は、プロの言葉ではなくすでに社長の言葉になっています。そのプロセスを経るからこそ、「これが私の思いだ」と自信をもって一人称で語ることができるのです。


2 社長の思いを社内で共有していくための第1ステップ、2つの要素

 さあ、そろそろ話を「社長の思いを明確にした企業理念を、社内でいかに共有していけばいいか」に移しましょう。その最初のステップは、「企業理念がなぜ必要かを知ってもらい」、「企業理念の内容を理解してもらう」ことです。

 なぜこの2つが必要かはご説明するまでもないかもしれません。まず「企業理念がなぜ必要か」を知らなければ、従業員は誰一人実践したいとは思わないでしょう。

 みんな目の前の仕事で忙しい。真面目な人ほどできるだけ余計なことは考えずに仕事に集中したいと思うでしょう。経営にとっても余計なもの、ムダなものはできるだけない方がいいに決まっています。

 つまり社長の思いを伝えて理念経営を実践していくためには、自社にとって企業理念がいかに重要なのかを理解してもらわなければ始まらないのです。

 現場の認識が「企業理念はなんとなく重要、そこそこ重要」くらいの認識ではダメでしょう。恐らく従来と何も変わりません。「企業理念に反する仕事ならやらなくていい」あるいは「企業理念の実現に向かう仕事を優先してやってほしい」という認識をもってもらう必要があります。

 そのくらいの覚悟でなければ、日々忙しい現場には全くもって伝わらないのです。

 しかし現実にはどうでしょう。「社長の思いを具現化する理念経営へのこだわりはあるが、その重要性を従業員にどうやって伝えればいいのかわからない」という社長や幹部スタッフが多いのではないでしょうか。伝え方のコツについては後ほど詳しくお話ししましょう。


3 全従業員に「企業理念の内容を理解してもらう」ことの意義

 社長の思いを社内で共有していくための第1ステップのもう一つの要素、「企業理念の内容を理解してもらう」ことについても少し触れておきましょう。

 たとえば「一生の思い出に残る感動のおもてなし」を理念に掲げるホテルがあったとします。上司が部下に「これをやりなさい、これはやらないように」と行動の指示だけをしていたらどうでしょうか。従順で優秀な従業員であれば言われた通りに実行するでしょう。

 しかしながら現実はどうか。あることをやることを喜ぶお客様もいれば、むしろ不快に思うお客様もいるかもしれません。どんなタイミングでどのようにやるのか、あるいはやらないのかは相手によって変わるでしょう。

 従業員が知るべきは、上司からの具体的な指示よりも、指示の意図するところや判断基準ではないでしょうか。

 なぜそうするのか、しないのか……めざすべき目的と大切にするべき価値観、すなわち企業理念の内容が理解できていれば、従業員一人ひとりが具体的な目の前のケースに合わせて判断できます。

 会社としての統一の判断基準がなければ、個人がよかれと思う基準で判断し、行動するしかありません。良い判断ができる従業員もいれば、そうでない人も出てきます。お客様は当たりはずれに一喜一憂しなければなりません。

 良い判断ができた従業員もいつもできるとは限りません。お客様の滞在中ずっと良い判断ができていたのに、1つの致命的な判断ミスに気付かず、リカバーすることなくお客様を送り出してしまう。努力の甲斐なくお客様は二度とそのホテルを訪れないでしょう。あまりにももったいない話です。

 会社としての統一された判断基準を全員が共有しながらも、さらにより良い判断について従業員が競い合うのはいいことです。人によって対応が違っていてもいいし、良い事例はまねし合ってもっと上のサービスを目指せばいいでしょう。

 理念実現に向けた判断基準は磨かれ、ホテルはお客様に広く支持されることになります。そうなれば結果的に個人の待遇や働き甲斐にもつながっていくことでしょう。

 そのように成長発展していくためにも、大前提として従業員全員に根本となる「企業理念の内容を理解してもらう」ことが必要なのです。


4 「企業理念がなぜ必要か」は従業員目線で語ると伝わりやすい

 「企業理念の重要性を従業員にどうやって伝えればいいのか分からない」という社長や幹部スタッフの方々のために、伝え方のコツをお話しします。ポイントは「従業員目線で語る」ことです。

 「企業理念がなぜ必要か」については、このシリーズ第1回の「4 社長は最後に幸せになってください」ですでにお話ししました。振り返ってみましょう。

 社長の思いを整理して分かりやすく伝えると、思いに共感する社員が集まります。彼らは仕事そのものが自分のやりたいこと、実現したいことになるので、生活のための仕事という立場を超えて頑張ります。

 彼らのエネルギーやモチベーションはチームで一つに、課や部で一つになり、想像もしないような大きな力になっていきます。社長の思いは共感する社員によってより大きなパワーとなり、顧客や社会にも伝わっていきます。

 「A社はこんな会社だと感じていたが、社長だけでなく社員もみんなそうだ。この会社は信頼できる」と。信頼は価値となり、ロイヤルカスタマー(ファン、忠実な顧客)を増殖していきます。そうなればおのずと株主の信頼も得られるでしょう。

 このことを「従業員目線で語る」のです。目指している目的や大切にしている価値観に共感できる会社で働くことができれば、根本的な部分で違和感やストレスは少ないはずです。

 日常接する職場の仲間も、仕事上の主要な部分において価値観が近ければ話は早く、無用な軋轢(あつれき)も生みません。

 「お客様にもっと感動していただくためにこんなことをやりたい」と誰かが言っても、それが会社の目指す目的や価値観と一致していれば反対する人はいないでしょう。むしろもっとこうやっては、ああやってはと、前向きなアイデアや提案が生まれるはずです。

 仕事という社会人としての「やるべきこと」が、「やりたいこと」になるかもしれません。

 「やりたいこと」はプロ野球選手になること、医師や弁護士になることだけではないはずです。「お客様に喜んでいただく」「お客様の毎日を支える」「社会に貢献する」「社会を変える」などなど。

 自分が「やりたいこと」を仕事にできるなら、大人人生の半分ともいえる仕事の時間が、単に苦痛ではなくやりがいや喜びを感じられる時間に変わるかもしれません。

 掲げている理想を社長が本気で目指していることは、しっかりと伝える必要があります。

 本気で目指しているからこそ、理想の実現に向けて頑張っている人を褒めるし、評価や待遇にも反映するつもりだと。すでに用意されているならば、それらの事実や仕組みについてしっかりと話してあげましょう。

 「うちでは理念の実現を本気で目指しているので、それに向けて頑張った人を褒めるし、具体的にこのように評価していきますよ」と。

 最近になって新たに企業理念を作成したり、直しを行った場合は、まだ文化や仕組みが根付いていない、整備されていないことも多いでしょう。その場合は、今後変えていくことを約束すればいいのです。

 会社として理念の実現に近づいていくとどうなるかも伝えてあげましょう。従業員一人ひとりの理念実現に向けた行動は、その先のお客様や社会、株主にも一貫した姿勢として伝わっていきます。

 「あの会社は本気で○○を目指している、まちがいない」との信頼を得ることによって、ファンを生み、業績につながります。結果として従業員の待遇も上がり、会社も永続することで雇用が守られることになります。

 理念経営が経営にとって重要であり、従業員にとっても価値のあることだと分かれば、彼らは喜んで理念経営を推進する一員となってくれることでしょう。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 次回は、今回お話ししてきた社長の思いを社内で共有していくための第1ステップ「企業理念がなぜ必要かを知ってもらい、当社の企業理念の内容を理解してもらう」ための仕組み=「初期研修」の意義や事例についてご紹介していきます。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年10月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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