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第12回 いつか泳ぎたいと一歩を踏み出せば、人は泳げるようになる

1 継続・発展のサイクルは、スポーツや語学学習と同じ?

 前回ご紹介したことをまとめます。

 社長の思いや会社の理念を従業員一人ひとりが行動に変え、さらに継続・発展させていくためには仕組みが必要である。この「継続のための3つの仕組み=IDeA(イデア)」の本質は、「理論的」「頭で覚える」=「左脳理解」と、「感覚的」「体で覚える」=「右脳理解」の両輪をうまく回転させていくことである。

 前回は、仕組みが回り始めるまでの様子を自転車やスキーにたとえてお話ししましたが、「左脳理解」と「右脳理解」を回すことで行動を変えていく流れは他のことにも当てはまります。

 例えば自動車の運転、あらゆるスポーツ、健康増進のための日々のトレーニングなどなど。一連のサイクルは運動に限らず、新しい単語や表現を知り、実際に使ってみて覚えていく語学学習などにおいてもいえることです。

 何かに取り組み、継続・発展させていくケースの全ては、同じサイクルを回すことで継続・発展していくのです。

 「頭で理解すること」と「体で覚えること」はどちらかが欠けたとしても、何となく形にはなります。けれど確かな一歩を踏み出し、さらにもっと上をめざして継続・発展させていくためには両方を繰り返すことが不可欠なのです。

 説明を聞いたりお手本を見たりして、まず「頭で理解する」→実際やってみて「体で覚える」→さらに上をめざして「頭で理解する」(あるいは他人のやり方を観察する)→さらにやってみて「体で覚える」……。

 このサイクルは社長の思いや会社の理念を従業員一人ひとりが行動に変え、さらに継続・発展させていく場面でも応用できるというわけです。


2 初心者がスイミングスクールに入ると早く泳げるようになるわけ

 新たに社長の思いや会社の理念を共有浸透するに当たって、スタートとなるのはそれらの説明や「初期研修」の実施です。まず「左脳理解」として“何となく”でも全体像をつかんでもらうのです。

 「左脳理解」が全くないままに実践(Do)させるのは、たとえて言えば泳いだこともない人間を突然プールに突き落とすようなもの。足が付くとわかっていても、溺れるのではないかと恐怖を覚えます。

 そこであらかじめ「安心してください。人間は息を吸ってリラックスさえすれば、自然と水の中で体が浮くようにできています。だから後は手足を動かしさえすれば誰もが泳げるようになるんですよ」と聞いていればどうでしょう。

 不安は少し解消され、とりあえず頑張ってみようかと思えるのではないでしょうか。

 さてコーチは、「いいですか、リラーックス、リラーックス……」と繰り返し、生徒たちも「リラーックス、リラーックス……」と口にしながらまねをして、体を浮かせようと試みます。

 1回でうまくいかなくても少しずつ手ごたえを感じ、浮くという感覚や、逆にどうすると沈んでしまうのかが“体で”わかってきます。やがて、俯(うつむ)けだろうと仰向けだろうと浮くことができるようになっている自分がいます。

 できるようになるには個人差があるはずです。運動神経うんぬんというよりも、ちょっとしたタイミングだったり力加減だったりと、感覚的なものでしょう。

 先にできるようになった仲間は、まだできない仲間に何とかコツを教えようとするでしょう。「大丈夫、私だってできたのだから絶対できるよ」と言いながら。まだできていない人たちも同じレベルからスタートした仲間からコツを教えてもらい、勇気づけられます。

 仲間との相乗効果によって、あっという間に全員が浮く感覚を手に入れ、水に対する恐怖心がなくなっていくのです。怖がって水に足を付けるのさえ嫌がっていた「この集団」の少し前の状態を思えば、飛躍的な進歩ではないでしょうか。


3 「実践する(Do)仕組み」は「左脳理解」と「右脳理解」の繰り返し

 スイミングスクールの例で、「左脳理解」と「右脳理解」のサイクルがぐるぐる回っている感じをわかっていただけたでしょうか。

 スクールに入った初心者は、最初にたくさんの初心者を見てきたコーチから「人間は誰でもふつうに浮くし、泳げるものだ」と知らされます(左脳理解)。これで不安は少し解消され最初の一歩を踏み出します。同じように始めた仲間たちと一緒に、恐る恐る始めてみると、少しずつ感覚的にわかってきて、やがて浮くことができるようになる(右脳理解)。

 すぐにうまく浮けなかった人には、先に浮けた人が「じゃあ、こうやってごらん。私にもできたよ」と教えてくれる(左脳理解)。勇気づけられてちょっとやり方を変えてやってみる(右脳理解)。気が付けば全員が浮くことができるようになっていて、恐怖だった水の中がいつしか楽しい場所に変わっている。次は泳げるようになってみたいと。

 コーチが「では今度は浮いたまま手を動かしてみましょう。木のボートにオールがついたようなものです。どちらかに進むはずですよね」と声をかける(左脳理解)。みんなやってみる(右脳理解)。

 うまくできた人は、まだ感覚をつかめない人にアドバイスする(左脳理解)。全員が泳ぐ感覚をつかめるようになり、できた人はもっと前に進めないかとトライする(右脳理解)。コーチや自分より一歩進んだ人からまた的確なアドバイスをもらって(左脳理解)……。

 人間は不思議なもので、成功体験を得られると、それがたとえ小さなものであっても「もうちょっとやってみよう」と思えるものです。

 水への恐怖心が消え、浮くことができるようになったら、次は何でもいいから少し泳げるようになってみたいと考えます。反対になかなか成功体験が得られないと、つまらないと感じたり諦めたりしてしまう。あるいは行動すること自体が苦痛となり二度とやらなくなってしまいます。

 浮いた状態から、見よう見まねで腕をバタバタ動かしてみたら5メートルくらい前に進んだ。彼らにとっては大きな一歩です。成功体験が増えてくると、何回かうまくいかなくても、へこたれることなくもう一回やってみようと思えます。次回のスイミングスクールも頑張って行ってみようという勇気が湧きます。

 同じ時期に始めたレベルの近い仲間が先に成功していると、ライバル心も芽生え、絶対自分もやってやろう、やればできるはずだと思えるもの。意欲をかきたてられた人は、ライバルより先に上に行ってやろう、ライバルよりもっと周りに褒められようとトライを重ねることでしょう。

 こうしてあっという間に、金づちだった人が25メートルを泳げるようになり、さらには50メートル、100メートルと距離を伸ばし、またいろんな泳法で泳げるようになっていくのです。


4 理念行動の継続へのカギは、最初の「成功体験」と「いいね!」

 ではスイミングスクールの例を、社長の思いや理念の共有浸透、継続・発展に当てはめてみましょう。

 A社は「お客様の特別な記念日(ハレの日)を心からお祝いできるようなレストラン」をめざして高級飲食店を多店舗展開しています。

 大学時代に居酒屋でバイトをしていて飲食業での接客サービスに興味をもったBさん。A社の会社説明会を訪れて社長の思いと同社の理念を聞かされます。「ハレの日を演出する仕事かあ。自分はサプライズで人を喜ばせるのが昔から好きだから、この会社のめざしていることを一生の仕事にできるといいかもしれない」と、最終的にA社を選びました。

 内定者を集めての現場研修。接客には自信のあったBさんですが、居酒屋での癖が無意識に出てしまい、先輩からは怒られてばかり。「自分はこの会社を選んでよかったのだろうか」とすっかり落ち込んでしまいました。

 会社説明会で理念を知り、共感を覚えたのですが、新入社員の研修で改めて説明を受けました。さらには「お客様のハレの日を心からお祝いするとはどうすることか」を自分の言葉で考えて発表するプログラムがありました。

 Bさんは「例えば大好きな人をサプライズの演出で感動させること」と表現しました。会社からは「では新入社員のみなさんそれぞれが考えたことを、明日からの現場でぜひ実行してみてください」と言われました。Bさんは配属された店舗で、他の新入社員とともに研修で発表したことを実践してみようとします。

 Bさんがその日担当することになっていたお客様のご夫妻は、予約された電話番号で調べてみると昨年も同じ日に訪れていることがわかりました。当日担当した先輩に聞いてみたらメモが残っていて、結婚記念日だったとわかりました。でも今日の予約にはそうしたメモはありません。Bさんは忙しい準備の間にお二人へのサプライズカードを用意しました。

 ご夫妻は「何も言わなかったのに何でわかったの?」とびっくりされながらも、とても喜んでくださいました。Bさんはタイミングよく、お店から記念日の方にお出ししているサービスのシャンパンをお勧めしました。大変喜んでくださり、「来年も来るつもりだからよろしくね」と言って笑顔でお帰りになりました。

 Bさんはお客様のハレの日を心からお祝いすることができて、この上ない感動を覚えました。その様子を見ていた先輩や店長も「よかったねBさん、いい仕事ができたね」と褒めてくれてうれしさは倍増、「よし、明日はもっと多くのお客様に喜んでいただこう」と思えたのです。

 店にはまだ手応えをつかめずに悩んでいる同期がいました。Bさんは彼らの相談にのり、アドバイスをしました。すると一人、また一人と自分なりのやり方で「お客様のハレの日を心からお祝いする」一歩を踏み出すことができたのです。彼らもまた「よし、明日はもっと多くのお客様に喜んでいただこう」という前向きな気持ちになれたようです。

 店長はBさん以外の新人たちにも、個々に「よかったね、もっといい仕事をいっぱい期待しているよ」と声をかけました。と同時に彼らの理念行動を会社にも報告しました。

 本部は全店舗の新人たちの取り組みを社内報を通じて紹介。他店のCさんやDさんの面白い取り組みは、Bさんの店の新人たちにも刺激になりました。「俺たちもCさん、Dさんの店に負けないように、彼らのいいところは学びながら、もっと上をめざして取り組もうよ」と。

 仕事においても「左脳理解」と「右脳理解」のサイクルが回っている感じが伝わったでしょうか。

 泳げなかった人が泳ぐことに取り組む場合の「浮いた喜び」と同じように、最初の「成功体験」はとても大事です。周りやベテランから見ればほんの小さなことでもいいのです。初めて取り組む本人にとっては、最初の「成功体験」はとても大きな一歩なのですから。

 そしてそれに対して周りが認めてあげること。「なんだ、そんなことで喜んでいるのか、私なら……」などとは決して言わないでください。「(一歩が踏み出せて)よかったね。よし、次はもう一歩上をめざしてごらん」と前向きに認めてあげてほしいのです。


5 全員が理念行動を始めるための前提は、どれだけ理念に共感できているか

 こんなご意見もあるでしょう。自分が泳げないことにコンプレックスをもっていて、何とかしたいと思っている人は別として、そう思っていない人をスイミングスクールに通わせるのは難しいのではないか。ましてや仕事において理念行動へ向かわせるのはもっと難しいのではないか。

 確かにスポーツや趣味、語学学習と仕事は別物のように思えます。しかし共通する問題は、「動機づけ」ではないでしょうか。

 金づちだっていいじゃないかと信じている人を、スイミングスクールに通わせるのは容易ではありません。同じように理念に共感していない人を、理念に沿った行動に向かわせるのは至難です。

 裏返せば、理念に共感して「やってみたい」と思ってさえいれば、行動に向かわせることは難しいことではなくなります。会社から強制されているからやるのではなく、やりたいからやっているという状態が生まれるのです。

 それだけに社長の思いや掲げる理念に対して、一人ひとりが共感できるかどうかはとても重要な前提となります。理想は入社時点でお互いにしっかりと確認してから採用・入社を決めること。

 とはいえすでに入社して会社になじんでいる人の多くは、“何となく”であっても理念に共感しているはずです。会社が理念行動を社員に求めた場合、理念に共感していないとそれは会社からの強制と感じ、本人にとっては苦痛以外の何物でもありません。でも共感しているからこそ、会社に長くいて活躍してくれているはずなのです。

 社長の思いや理念を共有して従業員一人ひとりが行動し、継続・発展させていくために必要な最初の「左脳理解」が、初期段階での説明や「初期研修」。その後に「左脳理解」と「右脳理解」のサイクルをうまく回していくことが「実践する(Do)仕組み」です。

 今回は現場に近いイメージで、たとえ話や事例でお話ししましたが、「左脳理解」と「右脳理解」のサイクルを“よりうまく回す”ために会社として用意できる仕組みもあります。一部ご紹介したのですが、次回はそれらについてまとめてみたいと思います。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2021年4月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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