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それでも私は生きていく(2022)

ミア・ハンセン=ラブ監督の「それでも私は生きていく」を観た。監督自身の経験を基に描いた物語だとのこと。原題は「Un beau matin」で、直訳すると「素敵な朝」となる。なるほど納得だし、邦題も同じニュアンスをうまく伝えていると思う。

夫を亡くして5年。主人公サンドラは、通訳の仕事をしながら8歳の娘を育てるシングルマザー。仕事の合間を縫って、年老いた父の見舞いも欠かさない。本好きで哲学の教師だった父は視力と記憶を徐々に失い、一人暮らしが困難となって施設に移さねばならないが、良い施設はお金がかかりすぎるし、一般に入れる施設は環境が悪く、なかなか空きも出ない。

彼女は仕事と子育てと並行して父の世話にも日々奮闘するが、愛する父の変わりゆく姿に無力感を覚えていく。そんな中、サンドラは旧友の男性と再会し恋に落ちるのだが、彼には家庭があって…

主人公役のレア・セドゥが、"市井に生きる"普通の女性を演じているのだが、シングルマザーとして、仕事、子供、父親、彼氏それぞれにしっかりと向き合いつつも、ときには辛くなって心が揺れてしまう。そんな心情を、繊細で複雑な表情で見せてくれる演技が見事すぎる。しかも、彼女の美しさやオーラを封じて、自然に見せている。

いろんなことがありながらも、ひとりの女性がひとりの人間として、しっかりと生きていく姿を見つめるのも、ときには悪くない。

個人的には父親の本棚が好き。病気で本人の中に本人らしさが消えていく中で、主人公が言う「今は、父自身よりも、この本棚の方が父らしい」というセリフは、実によくわかるし、胸に刺さる。

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