ウェールズ語の言語景観(大手チェーン店編)
ウェールズ語法により使用が義務付けられていることから、図書館、公民館、病院、公立学校、大学、といった公共施設では必ずウェールズ語を目にする。しかし、義務のない民間の商店でもウェールズ語と英語の二言語表記は一定数を目にすることができる。ドラッグストア大手のブーツ(Boots)、書籍・文具のW.H.Smith、銀行、住宅組合、スーパーマーケットなどの主要なチェーン店は早い段階から公共機関に続き、ウェールズ語表示を店内外に掲げ始めた[Davies 2014]。まずはチェーン店のウェールズ語使用について着目したい。
スーパーマーケットチェーンは支店によって注力具合にこそ差はあるものの、Aldi(ドイツ)、ASDA(米ウォールマート系列)、Co-op(イギリス)、Lidl(ドイツ)、M&S(イギリス)、Morisons(イギリス)、Sainsbury's(イギリス)、Tesco(イギリス)の大手ブランド全てでウェールズ語表記が確認できた。両言語の表示順序やサイズについては店舗によりまちまちであるものの、営業時間案内、棚の表示、店内アナウンス、店内外のキャッチコピーなどでウェールズ語が見受けられる。残念ながら製品案内の一つ一つや、時限的なキャンペーン広告までにウェールズ語が使用されているわけではないものの、テンプレートがあるのか、継続的に使われる表示については容易にウェールズ語表記を確認できる。ちなみに、最大手であるテスコ(Tesco)は近年、スコットランドゲール語話者地域、アイルランド語話者地域でそれぞれ、二言語表記の店舗を出店している。しかしながら、その例を除けば、大手スーパーマーケットはスコットランドやアイルランドにおいては現地語を使用していない。二言語表記を必ず確認できるというのは、ウェールズ域内特有の言語景観だと言える。
アイルランドではアイルランド語表記を巡って論争も
先述のブーツはイングランド発祥の世界的なドラッグストアチェーンであるが、早くから二言語表記を開始したことで知られる。ウェールズ域内では店内外の営業時間、店内案内表示、キャッチコピーがほぼ全て二言語表記になっている。ただし、スコットランドやアイルランドでは現地語の表記を行わず、英語表記のみとなっている。また、競合他社であるスーパードラッグ(Superdrug)、ロイドファーマシー(LloydsPharmacy)は著者が確認する限りは、英語の単表記となっている。もちろん、ブーツが英国内で市場の4割強を占めており[Fresen 2014]、規模や店舗数の関係で他社よりも二言語表記がやりやすいというようなこともあるかもしれないが、同社がウェールズの言語運動に呼応する形でウェールズ表記に対応していることは間違いがないと言える。同社もまた、スコットランドやアイルランドにおいては特に現地語を使用してはいない。
ファッション系はブランドイメージとの整合性をとるのが難しいからなのか、著者が確認する限り、ハイブランドの店舗ではウェールズ語表記は外観にも内装にも見られなかった。しかし、ファストファッションブランドについては、下記のように一部でウェールズ語の使用が確認できた(ちなみに、日系のユニクロはウェールズには進出していない)。スペイン企業であるZARAはウェールズに1店舗しかないためなのか、英語の単表記である。イングランド発祥のPeacocksは本社をウェールズに構えるがウェールズ語表記はない。Primarkはカーディフ支店の外観に「Helo Caerdydd」という装飾をしているほか、フロア案内が二言語表記になっており、業界内では最も多くウェールズ語を使用している。なお、同社は本国のアイルランドでは(Penneysのブランド名で展開)アイルランド語表記をしていない。
ZARA(スペイン) なし
Peacocks(イギリス) なし
H&M(スウェーデン) あり セルフレジ(Hunan-dalu)、エスカレーターの注意文
Primark(アイルランド) あり フロア案内
NEXT(イギリス) あり フロア案内
飲食店も提供する料理が特定の国を色濃く連想させる業態であるが、確かにマクドナルド、スターバックス、ケンタッキー・フライド・チキン、Wagamama(イギリスの日本食チェーン)、ASK Italian(イギリス発祥)など英語の単表記が大半を占める。一方で、Shake Shack(米ハンバーガーチェーン)、Rosa's Thai(イギリス発)、Costa(イギリス発)などでわずかながらウェールズ語の使用が確認できたほか、Greggs(イギリスのベーカリー兼コーヒー)ではウェールズ語でのメニューも用意されている。このことを鑑みると、積極的に避けている業態というわけでもないようである。
銀行はHSBC、Lloyds、Royal Bank of Scotland、Barclaysが最大手であるが、とりわけHSBCはウェールズ語での電話対応を行っていることで知られている。利用者がそこまで多くないことから2023年は閉鎖を検討したものの、根強い存続のリクエストがあり、現在もまだ稼働している[Lewis&Deans 2024]。
その他、製品名を本国の言語で表示していることで知られる、イケア(スウェーデン発)、フライングタイガー(デンマーク発)でも店舗の入り口付近でウェールズ語の使用が確認できた。
以上から垣間見えるのは、ウェールズ域内においては、現地語の使用がある種の意思表示として機能するということである。近年、CSR活動に代表されるように企業はエコロジーやダイバーシティ、地域活動など社会問題への貢献を期待されている。反対に企業側また当該分野への活動を対外的に示すことで、ブランドや企業イメージの向上を狙っている。危機言語のケルト語派の使用もそのジャンルの1つとして組み込まれていると考えられるだろう。