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小説・強制天職エージェント⑲

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落ち込んだまま昼を迎え、その日は事務職の女子社員数人と社員食堂へ行った。

「瀬戸さん。今日、何かあったの?社長が資料を渡している横で、瀬戸さんが深々とお辞儀しているのが見えたから。それから元気ないみたいだし。今もちょっと顔色悪いわよ」

吉田加奈がいった。経理の仕事をしながら、いつも周囲に目を光らせているうわさ好きの女だ。

やっぱり、この子は見ていると思ったわ。普段は私の仕事の話など聞いてこないのに……。おしゃべり好きのこの子のことだ、もし話せば、翌日には加奈周辺の人全員が知ることになるだろう。
でも、加奈は一度決めたら諦めないことを知っていたので、観念することにした。

「今日、ちょっと失敗しちゃったの」
詳細な情報を出す前に誰か話題を変えてくれないかしら、と期待しながらゆっくり短く話した。

「どんな?」
すかさず促す加奈。これは逃れられそうもない。

「翻訳を頼まれていた英語の資料があったの。でも訳を間違ってしまって、契約の重要なポイントだったから、ちょっと危なかったというか」
大損害が及ぶ危険があったことは、いわないことにした。

「そうなんだ。大変だったね。翻訳だなんて、秘書がそんなこともするのね。大変ね」

「まあね……」
加奈は何かを考えているようだったが、八重子は気づかなかった。


昼食から戻ると、再び山田に声を掛けられた。
「そういえば、花瓶、替えたのかい?」

「あ、すみません。今朝、手を滑らせて割ってしまって」

「えっ、割ったの?そうか……。いや、あの花瓶は私が社長に就任した時に、お世話になっていたある会社の重役に貰ったものだったんだ」

「えっ」

「まあ、仕方ないね」

「いえ、あの……、本当にすみません」
八重子は顔を真っ赤にして平謝りした。

「いや、いいよ。壊れやすいものだし」

「すみません……!」
八重子は、やっとの思いで声を絞り出した。

その日、水島はほとんど会社におらず、八重子の身に降りかかった出来事を知らなかった。メールでクライミングに誘ったが、断られてしまった。

「唯だったら今日は行けると思います」
と返信がきて、唯と2人きりなど正直なところ乗り気ではなかったが、たまにはいいかと思い連絡すると、すぐにOKの返信がきた。

「あの子、完璧主義なんですよね」
クライミング後の居酒屋で、何の話からそうなったのか忘れたが、話題は八重子のことになり、唯がいった。

「もうちょっと気を抜いて取り組めばいいのに、必要以上に気を張って頑張っちゃうっていうか。高校でマネージャーしてたときだって、普段は超優秀なのに、たまに大事なことがスコーンって抜けちゃうの。3年生の引退試合の当日、集合場所に来なかった時は笑ったわ。ありえない事だけど、いつも真面目で完璧なあの子がヘマやらかすと、何かあったのかしら、って逆に心配してたわ」
唯は笑った。

「完璧主義か。言われてみればそうかも」

「周りは、そんなに気にしなくていい、っていってるのに、本人はパニックになるみたい。しばらくの間はいつも以上に気を張り詰めているの。そういうところが、かわいいんだけどねえ」

「真面目なんだな。オレみたいないい加減な人間には理解できない」
水島は冗談まじりにいった。

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