小説・強制天職エージェント㉓
水島は、八重子の仕事について山田に直訴した。どうせ辞めるなら放っておいてもいいかとも思ったが、山田は八重子の事を買っている。あとわずかな時間でも、誠意を見せておくべきだろう、と判断したのだ。
「瀬戸さんの仕事量、少し多くないですか? 彼女、無理して頑張ってしまうタイプなので何とかやっていますが、キャパオーバーです。先日の翻訳のミスについても聞きましたが、時間が足りなかったのも大きな要因だと感じました」
「そうか? 何も言わないから、問題ないかと思っていたよ。それならそうと、言ってくれれば良かったのに」
「本来であれば、彼女から言うべきでしょうね。ただ、来たばかりの会社で、まだ遠慮している節があります。社長がお忙しいのは承知していますので、相談できる人を間に置くなりするのも手かと」
「そうだな。考えておくよ」
「それから──」
八重子の扱いについて、水島はいくつか進言し、山田も大筋で納得した。
「ところで、もう約束の3か月だね。彼女、このまま続けるかな?」
「そうですね。それは何とも……。近々、面談をして確かめます」
水島はしらばっくれた。
***
あの日から、水島は何となく八重子に声を掛けることができずにいた。
職場での八重子の様子は見ているが、落ち込んでいる風にも見えなかった。我慢しているのか、それとも、もう吹っ切れたのか?水島は気がかりだった。最後の面談で、全部聞けばいい。それから自分のことも──。
会社で形式的な面談をする前に、ざっくばらんに話したいから、外で食事でもしながら話をしよう、と八重子を誘った。
早く本題に入りたかったが、しばらくは他愛のない話をした。空気が温まった頃、八重子から切り出した。
「社長に私のこと、話してくれたんですね。今日、社長に呼び出されました。しんどい思いをしていたのに気付かず、すまなかった、って。私が仕事をしやすいように、色々と提案をしてくれました。それは、水島さんに指摘されたからだって。ありがとうございました」
「ああ、別に。オレはオレの仕事をしただけだよ」
八重子に感謝され、内心、心が躍っていた。気まずかったらどうしようかと心配していたのだが、大丈夫なようだ。
「仕事は続けられそう?」
「早いですよね。3か月間、あっと言う間でした。短期間に色々とあり過ぎて、疲れちゃいました」
そこまで言って、八重子は口をつぐんだ。カクテルのグラスを回しながら、氷をじっと見ている。
「お疲れさま。瀬戸さんは頑張ったと思うよ。十分、頑張った。でも、合わない仕事を無理に続ける必要はないよ。この仕事は、転職エージェントで見つけてもらった、って言ってたっけ? そこの会社の担当者は、瀬戸さんの何を見ていたんだか。本当にバカなやつだ」
小早川のことを思い浮かべ、必要以上に毒づいた。
「そうだ、何なら次は、オレが一緒に探してあげるよ。オレのコンサルももう終了することだし」一旦、切って息をのみ込んだ。
「そう、この会社の仕事は瀬戸さんもオレも終わり。でも、これから先もこうやって、いや、もっと君と一緒にいたい。この流れで言うのも何だけど──、オレと付き合ってくれませんか?」
水島はいった。
「えっ? ちょっと何、いってるんですか。嫌ですよ」
「えっ」
水島は頭が真っ白になった。断られた?しかも、「嫌」とは。完全に拒否されたということか──。
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