![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/64688993/rectangle_large_type_2_6a840207b3df0ba3926cdc022bf311e4.jpg?width=1200)
小説・強制天職エージェント⑧
小早川が会社に来ていることを、八重子は知らない。小早川は念のために軽い変装をしていた。
伊達眼鏡をかけて、髪型も金融機関の営業マンかと思うような雰囲気。いつものカジュアルめのトラッドスタイルに比べると堅い印象だ。
小早川は、八重子よりさらに早い8時には会社に行き、休憩室の窓から外を見ていた。しばらくすると、八重子が道を歩いて来るのが見えた。数十メートル後方には水島の姿もあった。
(よしよし、しっかり仕事をしているようだ)
八重子が建物に入るのを確認すると、水島も間もなくやって来た。水島は玄関を通過する時にちらりと建物を見上げ、窓際に立っていた小早川と目を合わせた。直後、小早川のスマホに
「あとは宜しく。オレは次の調査に向かう」
とメッセージが入った。「了解」と返信し、小早川も窓に背を向けて歩き出した。
化粧品会社の社員たちも小早川の計画を知らない。彼らは小早川のことをオーエンの社員と信じ込んでいる。先方の担当者に一通りのあいさつやら説明を終えると、社内を見学することになった。経理や事務、事業所などを見て回り、本命の研究所へと向かう。
ビーカーや試験管、分析器らしき大型の機械、パソコンなどが並ぶ空間の中に八重子を確認した。通路から窓越しに見ている人の気配は感じているはずだが、八重子は集中しているのか、こちらを見向きもしなかった。
「さすが、化粧品メーカーだけあって、研究員も女性が多いですね」
「はい。こちらのチームは6人中5人が女性です。会社全体の男女比も6対4くらいでしょうか」
「そうなんですか」
などといいながら、八重子の横顔をじっと見た。
初対面の時も感じたが、色白で鼻筋が通っていて、切れ長の目を持つ八重子は、独特の雰囲気があった。動きも優雅で、気品が感じられた。万人受けではないが、こういうタイプが好きな男もいるかもしれないな。
さて、次は八重子の職場にいる契約社員の面談でもしようか。
自作小説一覧はこちら